初老に近いその男が、金の装飾が入った黒い杖を持ったまま、ゆっくりと金島へ歩み寄る光景を目に留めて、澤部と内田がほぼ同時に「誰だ、あのおっさん」「誰ですかね、あのじいさん」と顔を顰める。

 封鎖されている学園敷地内から、またしても悲鳴と銃声が上がった。

 こちらにむかってやってくる男の、おっとりと笑む表情は変わらなかった。この場に似合わない穏やかな空気を纏った男が、自分の顔見知りであると早々に気付いていた金島は、困惑を隠しきれない様子で「尾崎理事長」とその名を呼んだ。

 学園周辺は完全に封鎖されていた。関係者だけがここに集まっている。

 つまり、とある可能性に思い至っていた金島は、顔を強張らせたまま口を開いた。

「まさか……」
「お察しの通りですが、元身内の関係というだけですよ」

 尾崎はそれ以上言葉にしなかった。同じように察知した澤部が「ちょっと待ってくれよ」と車体から身を起こしたが、内田が「どちら様ですか、うちの金島さんとはどういったご関係で?」と尋ねる方が早かった。

 露骨に警戒を見せる内田の瞳は、きちんと名乗れよという風に顰められていた。それを見て、澤部が後輩を嗜めるように言う。

「おい、内田お前――」
「白鴎学園理事で、高等部校長の尾崎と申します」

 尾崎はにっこりと内田に笑いかけ、金島へと視線を戻した。

「心配にはおよびませんよ、金島さん。あなたの息子さんとその友人には、強力な守り手がついていますから」
「…………それは、潜入しているナンバー4のことですか?」

 たった一人で、白鴎学園内の標的を抹殺処分しているエージェントを知っているのか、と金島はつい目で尋ねてしまった。息子たちのこちを口にしたとき、どこか年相応の優しい声をしていて、まるで恐ろしい人間には到底思えなかったことについても気になっていたからだ。
 
 息子が彼を知っているのなら、話を聞いてみたいとも思っていた。一緒に過ごしていた時、そして今、学園内で何が起こっているのか――

 すると、尾崎が可笑しそうに「いいえ、彼のことじゃありまん」と首を傾けた。

「嫌な予感がしましてね、少しお願いして、この作戦に私の友人を加えてもらっているのですよ。息子さんの担任をしている矢部という男です。腕は確かですので、安心なさってください」

 気のせいか、ちっとも安堵できない情報が耳に入ってきた。

 金島は、ぎぎぎぎ、と不自然な動きで尾崎を見つめ返してしまった。聞き耳を立てていた澤部と内田も、自分たちの耳がおかしくなったのだろうかという顔で、鼻に小皺を寄せて二人を注視する。

「……失礼ですが、尾崎理事長? 今、担任の、とおっしゃいましたか」
「暁也君と、その友人の担任をしている矢部です。引退して学園を立ち上げた私についてきましたが、十年以上経った今でも腕は衰えていませんよ。暗闇で敵が放った銃弾を全て撃ち抜く部下でしたからねぇ。ナンバー4もおりますし、安心してください」

 ああ、しかしこれは秘密でお願いします、と尾崎が微笑する唇に人差し指を立てる。