まるで人の気配を感じなかった。旧市街地から大通りを抜けた先は、街灯の明かりさえ見えない。

 途中、フロント部分を大破させている乗用車を通り過ぎた。そこには、月の青白い光に照らし出された人間の白い面がいくつか浮かび上がっており、それぞれ前車と後車でハンドルを握っていた澤部と阿利宮が「おわっ!?」と驚いた声を上げて、車体をぶれさせた。

 一瞬にして通り過ぎてしまったので、よくは分からなかった。それが先程見た面を付けた子供と同じ「エージェント」の人間であるらしいとだけは理解していて、一体あの事故車はなんだったんだろうな、という疑問だけが残った。

 藤村事務所へ強行突入した際の熱が残っていたので窓を開けていたが、やはり辺りは不気味なほど静まり返っていた。


 金島を含む七人の捜査員は、二台の車で白鴎学園前までやってきた。鈍く月明かりを反射する黒い芯柱と、張り巡らされた有刺鉄線を目に留めて、一同は絶句した。


 白い面の人間がちらりと彼らの姿を見やるが、特に興味を向けることもなくふいと視線をそらせた。面は違えど同じ服装をした彼らは、有刺鉄線の檻を更に取り囲むように、一定の距離を保って直立不動していた。伸縮性の黒いニットの上から着た防弾チョッキと銃の武装は、軍隊のような様だった。

 時々、有刺鉄線からは電流の光りが細く上がっていた。物騒な高圧電流の檻と武器も、それぞれの仕事を当然のように進めるナンバーズ組織も、金島たちの目には異様な光景に映った。学園内で殺戮が起こっていることを受け入れられない自分たちこそが、どこか間違っているのではないかと錯覚してしまうほどだ。

 不意に、悲鳴と怒号、銃声音が学園内から上がった。

 思わず足を止めた金島を、毅梨と阿利宮、彼の部下である三人の若手捜査員が振り返らないままに通り越した。一瞬歩みを送らせた毅梨が「答えてはくれないと思いますが、いろいろと話を伺ってきます」とだけ言葉を残していった。

「とんでもねぇな……」

 金島の後ろで、車に寄りかかった澤部が煙草の煙を吸い込んでぼやいた。

「日本にこんな組織があると知れたら、国中パニックになるだろうな……」

 澤部がもう一度深く煙を吸い込むと、金島の背中を見つめていた内田が、車体前方部分に腰を降ろした。立つのも億劫といった様子で溜息をもらし、だらしなく体勢を崩す。

「おいおい、この車凹ませたら、毅梨さんにあとで叱られっぞ」
「無駄に丈夫そうな車体なんで、大丈夫じゃないすか? 気になるのは、金島ジュニアとその同級生の安否っすよね」

 きっと金島さんが一番心配してる、と内田は語尾を濁した。

 そのとき、三人に声を掛ける者の姿があった。

「あと数分もしないうちに終わりますよ」

 澤部と内田、金島が揃って視線を投げかけた先で、黒いコートを着た長身の男が「どうも、こんばんは」とにこやかに挨拶をした。

 頭髪は白が目立ち、ふっくらとした顔にも、老いた年齢を窺わせる緩やかな深い皺が入っている。しかし、どこかぴんと伸びた背筋は若々しくもあり、体格は細身というよりは、現役の若手刑事のようにしっかりと鍛えられて引き締まっている感じもあった。