暁也が眉を顰めて「今はってことは、前は違ってたってことだろ」と無愛想にパンを頬張る。矢部は「鋭いね」と笑ったが、特に困った様子もなくけらけらと声を上げただけだった。

 先にパンを平らげた修一は、ノートパソコン画面へと目をやった。黄色い人影に、十近くの赤い人影がいっせいに飛びかかっているのを見て「雪弥ッ」と思わず本人に届かないのに声を上げてしまう。同じように画面を見た暁也も、緊急事態だと見て取り、もう少しでパンを詰まらせるところだった。

 しかし、二人の心配をよそに、赤い色は一瞬にして粉砕されて動かなくなり、中央に残った黄色い人影だけがゆらゆらと光っていた。

「「……どうなってんだ?」」

 顔を見合わせ、修一と暁也は声を揃えた。矢部が「仲がいいねぇ」と言うと、暁也が黙れと言わんばかりにぎろりと睨みつける。

 特に反応も返さないまま、矢部は続きを見るようにと言わんばかりに、画面を指差した。黄色い人影が幽霊のように画面上を滑ったかと思うと、気付くと三階部分に立っていて、赤い人影の動きを次々に止め始めていた。

「彼はとても強いからね、あと数分もかからないだろう」
「先生は行かないの?」
「私は、君たちのお守りさ」

 矢部は、呑気に答えてそのまま仰向けになった。豹変した矢部を信頼しきれない暁也は、顰め面を持ち上げるようにして担任教師を見やる。

「先生って、そっちが地か……?」
「まぁね」
「じゃあ、いつもそうやって喋ってくれよ。あんたの声、マジで聞き取りにくい」

 修一は「そうだよ」と言い暁也の言葉に賛同した。彼は「俺は特に授業とか聞いてないけど、帰りの連絡とか、ちゃんとしてくれないと困るよ」と、受験生でありながら授業放棄している胸を、堂々と申告するような発言をした。

「まいったね、こりゃ」

 矢部は可笑しそうに笑い、無造作に鞄へと手を伸ばして、外国製の煙草を一箱取り出した。横になったまま一本口にくわえ、ポケットからジッポライターを取り出して火をつける。

「教師が生徒の前で堂々と喫煙かよ」

 暁也は忌々しげに吐き出した。「校内禁煙だろ」と指摘する暁也の隣で、修一は「へえ、煙草吸うんだ」とゆらぎ広がる煙も平気な様子だった。