男を見つめていた雪弥の碧眼が、途端に興味を失ったように力をなくした。「人形に興味はないよ」と冷ややかに告げたかと思うと、彼は砕かれていない拳を突き出す男の脇腹を蹴り上げた。

 肋骨が砕ける音がしたが、男は呻き声一つもらさなかった。ぐらりと崩れかかった身体を両足で踏ん張って持ちこたえる。力を制御していたとはいえ、心臓と肺に打撃を与えたはずの男が、唇から細い血を滴らせながらも身構える様子は雪弥を苛立たせた。

 煩わしい。

 雪弥の碧眼が淡く光り、強い殺気を帯びた。

 男は雪弥の脳天を打ち砕こうと左手を振り降ろしたが、不意に目標を見失って動きを鈍らせた。一瞬にして男の後ろに回りこんだ雪弥の手には、サイレンサーがついた銃が握られていた。

 一発、風を切る小さな音が上がった。後頭部から額へと銃弾を貫通させられた男は、窓ガラスに寄りかかるように崩れ落ちた。白い頬に一滴の赤い点を付着させた雪弥は、横目にそれを眺めながら銃を持った腕を降ろした。


 他に手近に襲ってくる者がないと確認し、コートを翻すと、銃をしまって先へと進んだ。サングラスの男が人体を弄られた肉体改造タイプであることを思いながら、ふと、白衣と医療用メスの暗殺者を思い出して、げんなりとした表情を浮かべる。


「つまり、二組織分の、二種類の用心棒がいるんだな……」

 この仕事をやっていると、自分たちの安全を確保し有望な下僕を作るため、日々そちらに力を入れている組織も多く目撃する。身体を強化させた部下や、肉体改造を過剰に加えたりも最近はある。

 その組織や作り手によって個性が出る事があるが、わざわざ返り血が目立つタイプの白衣はなぁ……と、なんとなく個人的には受け付けられないものがある。それらの主人の趣向をちらりと考えてしまうせいだろう。

「多分、学生を引き取りにきた組織側の連中、なんだろうなぁ」

 そう呟いた矢先、廊下の先からこちらを窺う敵意と殺気に気付いた。体中に手術痕のある白衣の連中とはあまり顔を会わせたくない気持ちが強いものの、出来るだけ瞬殺する方向で考え、気を引き締めた。

 そのとき、タイミング悪く胸ポケットの携帯電話が震えた。雪弥は「こんなに時に誰だよ」と思いつつ、コート下から携帯電話を取り出した。視線を注意深く正面に向けたまま、着信画面も確認せず小型無線マイクのついていない左耳へと押し当てる。

「はい、もしも――」
『なぜ私からの連絡をとらないのか、聞かせてもらおうか』

 もしもし、と言い掛けた雪弥の言葉を遮り、皮肉と嫌味たっぷりの声が強い口調でそう告げてきた。

『当主からの電話は取っておきながら、しかも自分から掛け直しておきながら私からの電話は堂々と無視か。きちんとした理由と言い訳を述べる時間をくれてやろう。兄である私は兄弟には寛容な男だ、三十字以内で答えろ』

 返す暇も与えない、相変わらずの話しっぷりに雪弥は頭を抱えた。

 よりによって、このタイミングで蒼慶かよ。