室内の扉側とは違い、奥の死体はすでに人の形を成してはいなかった。散らばった指先、顔面の半分が抉れた頭部、血に染まった衣服をまとわりつかせたバラバラの身体。壁や天井に張り付いた肉片は、血と共に滴り落ちていく。
藤村はこれまで、多くの人間が殺される現場を見てきた。彼自身も実際に人間を殺したことがある。しかし、これほどまで悪夢のような惨劇の光景は初めてだった。
込み上げる吐き気と格闘する藤村の前で、李は怒りに震えていた。小さな身体を強張らせ、深く息をつきながら再び室内の様子を確認して吠える。
「許さん! 許さんぞ!」
怒号し、李は怒り狂った。胴体から切り離された青年の首を蹴り飛ばし、血溜まりにある大腸の一部を足で何度も踏み潰した。
白衣の懐から鋭利な光りを反射させるメスを取り出すと、李は下半身のない女の死体に馬乗りになって、その顔面へメスを刺し続けた。息絶えたばかりの死体は、肉を裂かれ骨が砕けるたびに血を噴き出し、抉り出された眼球は白濁色と赤が混ざり合った粘膜の糸を引いた。
何もかもが異常だった。
人間はこんな風に死ぬべきではない、死んだ人間を更に殺すべきでもない。
惨殺死体の中にいると、藤村の常識は曖昧に霞んだ。今まで自分が行ってきた殺しこそが陳腐に思え始めたとき、突然の怒号に彼は我に返った。
「ネズミを殺せ! ネズミを殺すのじゃ! 切り刻んで犬の餌にしてくれる!」
茫然と立ち尽くした藤村を、李が血のついた手で押しのけて、薄暗い大学校舎の奥へと消えていった。
藤村はゆっくりと視線を巡らせて、李のメスが突き刺さった女子学生の死体を振り返った。唾を呑みこむとゆっくりと後退する。
震える足をどうにか動かそうと身をよじると、どの部位にある肉片かも分からない物を踏んでしまい、ひゅっと息を吸い込かだ。ぷちっと音を上げた彼の踵には、先程三つに分かれた人間の頭だった物があった。
「……こんなの、人間がやることじゃねぇ」
藤村は、恐怖に押し潰されそうになった。けれど視界に入っていた死体の数々に、彼の思考と感覚は麻痺してしまっていた。
「人間って、こんなにも簡単に死ぬものなんだよなぁ」
自分でも分からない笑みが込み上げて、しゃっくりに似た声が上がった。喉からヒュウヒュウと抜ける笑いは、静まり返った廊下に反響する。
そうだ、どうせ皆死んじまうんだったら、俺が殺してやらぁ。
藤村はおぼつかない足で身体を支えると、銃を二丁取り出して一歩、二歩と足を踏み出した。
自分の身体が、不自然に揺れるだけで笑いが止まらなかった。死体をめった刺しにしていた李も、悪夢のような死体を作り出したネズミもどうでもよかった。ただ、無性に殺したくてたまらない。
ああ、なんて息苦しいんだ。
藤村は両手に銃を持ったまま、一番近い人間をまずは殺してやろうと、あの小さな白衣の老人を追ってアンバランスに左右の足を進めて駆け出した。
藤村はこれまで、多くの人間が殺される現場を見てきた。彼自身も実際に人間を殺したことがある。しかし、これほどまで悪夢のような惨劇の光景は初めてだった。
込み上げる吐き気と格闘する藤村の前で、李は怒りに震えていた。小さな身体を強張らせ、深く息をつきながら再び室内の様子を確認して吠える。
「許さん! 許さんぞ!」
怒号し、李は怒り狂った。胴体から切り離された青年の首を蹴り飛ばし、血溜まりにある大腸の一部を足で何度も踏み潰した。
白衣の懐から鋭利な光りを反射させるメスを取り出すと、李は下半身のない女の死体に馬乗りになって、その顔面へメスを刺し続けた。息絶えたばかりの死体は、肉を裂かれ骨が砕けるたびに血を噴き出し、抉り出された眼球は白濁色と赤が混ざり合った粘膜の糸を引いた。
何もかもが異常だった。
人間はこんな風に死ぬべきではない、死んだ人間を更に殺すべきでもない。
惨殺死体の中にいると、藤村の常識は曖昧に霞んだ。今まで自分が行ってきた殺しこそが陳腐に思え始めたとき、突然の怒号に彼は我に返った。
「ネズミを殺せ! ネズミを殺すのじゃ! 切り刻んで犬の餌にしてくれる!」
茫然と立ち尽くした藤村を、李が血のついた手で押しのけて、薄暗い大学校舎の奥へと消えていった。
藤村はゆっくりと視線を巡らせて、李のメスが突き刺さった女子学生の死体を振り返った。唾を呑みこむとゆっくりと後退する。
震える足をどうにか動かそうと身をよじると、どの部位にある肉片かも分からない物を踏んでしまい、ひゅっと息を吸い込かだ。ぷちっと音を上げた彼の踵には、先程三つに分かれた人間の頭だった物があった。
「……こんなの、人間がやることじゃねぇ」
藤村は、恐怖に押し潰されそうになった。けれど視界に入っていた死体の数々に、彼の思考と感覚は麻痺してしまっていた。
「人間って、こんなにも簡単に死ぬものなんだよなぁ」
自分でも分からない笑みが込み上げて、しゃっくりに似た声が上がった。喉からヒュウヒュウと抜ける笑いは、静まり返った廊下に反響する。
そうだ、どうせ皆死んじまうんだったら、俺が殺してやらぁ。
藤村はおぼつかない足で身体を支えると、銃を二丁取り出して一歩、二歩と足を踏み出した。
自分の身体が、不自然に揺れるだけで笑いが止まらなかった。死体をめった刺しにしていた李も、悪夢のような死体を作り出したネズミもどうでもよかった。ただ、無性に殺したくてたまらない。
ああ、なんて息苦しいんだ。
藤村は両手に銃を持ったまま、一番近い人間をまずは殺してやろうと、あの小さな白衣の老人を追ってアンバランスに左右の足を進めて駆け出した。