李は下手(したて)に出る人間が嫌いではない。むしろ、人間は自分を一番に優遇するべきだという考えを抱いていた。それさえ知っていれば扱いやすい。

 藤村は李の感謝の意もこもらない声に「いいえ、別に」と上辺だけで答えた。べらべらとうんざりするほど長話をする尾賀より、李が幾分かマシだと思っていたのだ。

 こっちはいつも働かされてんだから、話し相手はてめぇでやれよ富川。

 藤村の視線の意味にも気付かず、富川は一方的に李の怒号を浴びせられた。

「ネズミがどうした! ヘロインの数量があってるかじゃと? そんな事どうでも良いことじゃわい! その侵入して邪魔しようとしている奴らというのは、わしの実験体共を横取りしようとしているんじゃないだろうな!」
「あの、李さん、落ち着いて下さ――」
「これで落ち着けるか馬鹿者が! あの人間どもは誰にもやらんぞ! あれはわしの物じゃ! 若く健康な実験体は滅多に手に入らんのじゃからな!」

 口を挟んだ富川は、罰が悪いように口をすぼめた。尾賀が「やれやれだね」と呆れ返った様子で口を開く。

「だからこそ、そのネズミを早々に処分しておこうと思っているね。検体を横取りされる可能性も低くはないからね、君のためを思って、私も十二体の駒を出してるね」

 李は、怪訝そうに皺を寄せて尾賀の部下へと目を向けた。二メートルの巨体に、細いサングラスを掛けた男たちは全員唇を強く引き結んでいる。特徴は大きな体格といかつい顔ばかりで、どれも似たり寄ったりの容姿であった。

「ふん、なるほどな」

 李は尾賀のトラックの奥に聞こえるよう「一号!」と叫んだ。彼は今回の取引で、用心棒兼部下を乗せた自分の改造大型トラックを一台だけ持ってきていた。引き取る学生を詰める運搬用として、別に二台のトラックを約束通り尾賀が用意してくれていたものの、その大きさが少々不満で、先程は出会い頭に言い合いの喧嘩になっていた。

 富川から実験体は三十六人だと聞いて、李はいつも以上に気が入り、今回は船に乗せていたすべての部下を引き連れての出動だった。忍者のような服の上から白衣をはおった、異様な容姿の部下たちである。

 トラックの向こうから、李の部下の一人が跳躍するように素早くやってきた。男は大きく広がった胸部からの重さに耐えきれないように背を丸め、頭髪のない頭部に張り付いた耳を李に寄せた。

 李が中国語で短く囁くと、彼がだらしなく口を開いたまま頷く。長いガニ股の足をのそりと動かせたかと思うと、同じように跳躍を繰り返して、トラックの奥へと消えて行った。

「四肢は十分に弄ってある」

 李が誇らしげに言った。藤村は「化け物かよ」と喉元に上がった言葉を押しとどめた。自分に害がないと自負している富川は「心強いですなぁ」と、他人事に傍観を決め込む。