強力な磁気を誘発させる動力線が、白鴎学園を取り囲むように敷かれたのは午後十一時直前のことであった。

 四方六メートル間隔で設置された一メートルの柱は、電力稼働によって磁気固定すると五メートルまで芯中を伸び上がらせた。黒真珠のように滑らかな側面を持った柱から強固な有刺鉄線が飛び出して張り巡らされ、学園一帯の電力がそこに集ったのが二十三時ちょうどのことだ。

 特殊機関が持つ「鉄壁の檻」は対生物用兵器であり、重要なのは本体の強度ではなく、像一頭を感電死させる放電力だった。外に出ようとする生物の足止めをするためだけに作られた檻である。七年前、ある上位ランクエージェントが暴走し、止めに入った部隊を殺戮した事件を受けてから造られた。

 鉄壁の檻によって囲まれた午後十一時、白鴎学園中庭では、倉庫地下からヘロインが台車一つ分運び出されたところだった。

 突如現れた黒い柱と有刺鉄線に、驚いた藤村が銃弾を叩きこんだが、それは鉄壁の檻に触れることもなく焼け落ちた。一筋の電流が視覚化され、倉庫前にいた富川、尾賀、藤村は五メートルの電気檻であること気付いた。

「一体どうなってやがる!」

 藤村組のリーダー、藤村が銃を所持したまま怒鳴り散らした。睨まれた富川学長は「分からん」と顔の皺を濃くして狼狽する。

 ヘロインを運び出す作業を続けていた三人の男は、肉体強化と精神コントロールをされた尾賀の部下だ。異常事態に反応すらない三人をちらりと見やることもせず、尾賀は短い足を左右に素早く動かせて、富川と藤村に歩み寄った。

「これは何とも嫌な物だね。藤村君は何か知っているかね」
「いえ……」

 藤村は、腰を曲げるようにして小さな尾賀を覗きこんだ。長身大柄の藤村に対して、尾賀が小さすぎるためである。尾賀は黒いローブ――というより特注のポンチョをはおった身体から両手足をちょこんと出し、小さな顔は鼠にそっくりだった。声もきいきいと甲高く耳障りで、藤村はうんざりした顔に顰め面を作っていた。

 尾賀は小さな吊り上がった瞳を細め、「ふむ」と顎に手をやった。「どこかで見たことがあるね」と独り言をして、目の高さにある藤村のベルトを見つめる。

「李を呼びたまえ」

 尾賀はふと、ヘロインを運び出している男にそう指示した。李は運び込んだヘロインの個数をチエックするため、先程倉庫地下に入っていたので、ここにはいなかったのだ。