怖くないといったら嘘になるが、暁也と修一の不安や恐怖は、不思議と少しだけ身を潜めていた。芽生えた小さな勇気は、少年たちを元気づけた。

「いい? 僕のことよりも、常に自分たちのことを考えるんだよ。屋上に近づく人影があれば、自分たちの身を守ることを最優先に考えて僕に教えて欲しい。派手に暴れるからこちらに注意は引けるだろうと思うけど――もしものときのために、それだけは念頭に置いていて」

 真面目に頷いた暁也の隣で、修一はノートパソコンに興味津々だった。彼は「人が動いてるのが分かる」と陽気に言ったが、暁也に「ゲームじゃねぇんだぜ」と咎められて口をつぐむ。

 雪弥は小さく苦笑し、こう言った。

「――これはゲームじゃない。でも、そうだね。君たちにはゲーム画面だと思ってもらった方が楽かもしれない。嫌だったら、途中で無線を切って、画面を閉じてしまっても全然かまわないから」

 少年たちは顔を見合わせたが、肯定や否定といった明確な態度は示さなかった。

             ※※※

 その場で腰を降ろしてざっと使い方の説明を受けたあと、修一がスーツケースを閉じる隣で、ようやく暁也が仏頂面を雪弥へと向けた。おもむろに「おい」と言葉を吐き出して立ち上がつたかと思うと、彼は苛立ったようにして顎を持ち上げる。

「俺の適応能力なめんなよ。あとでいろいろと聞きだしてやるからな」

 この役目はきっちり果たしてやる、と暁也の眼差しは語っていた。

 自分の今の判断に一抹の不安を覚えていた雪弥は、想定外の言葉に不意を突かれた。スーツケースを持って立ち上がった修一も、曖昧に笑みを濁しつつ八重歯を覗かせてきた。

「俺、頭悪いからよく分かんねぇけど、ようは暁也の親父さんみたいな職に就いてるってことだろ? あとでいろいろ教えてくれよな」

 雪弥はしばし困ったように微笑み、それから場の空気を少しほぐすように「金島本部長に聞くといいよ」と答えた。

 すると、二人の少年たちは、廊下の死体を出来るだけ見ないよう屋上へと駆け出しながら「奴に訊くとかヤなこった」「雪弥のおごりでラーメン食いながらでもいいじゃん」と言葉を残して走り去っていった。


 彼らを見送った雪弥の顔から、ふっと表情が消えた。


 遠くなっていく足音の余韻の中、その碧眼から温度が失われて、これからの標的を定めたかのように煌々とした冷たさを帯びた。