広い駐車場には、四台のトラックが無造作に停められていた。同じ型をした三台のトラックは尾賀の、そして残り一台のかなり大型運搬用である、装甲が頑丈に作り直されたトラックは李が持って来たものだ。

 明美はその脇に停められてある、自分の愛車であるワインカラーのムーブに乗り込んだ。脱ぎ捨てた白衣が助手席から滑り落ちるのも構わずに、車を急発進させる。

 彼女は、ここから逃げ出したかったのだ。

 出来るだけ早く、白鴎学園の敷地内から出たかった。

 嫌な予感や、虫の知らせなんて馬鹿馬鹿しいと、信心のない明美は常々思っていた。幼い頃から父親はなく、短期大学を卒業した矢先に母が死んだ。借金を返済したあと違法風俗店を辞めた際、顧客の一人であった尾賀に誘われて企業就職した。

 違法売買だけでなく暴力団の影もあったが、金が必要だった明美は、尾賀の仕事を手伝うことにしたのだ。

 これまでの人生で追い込まれた状況は多々あり、「嫌な展開があるなら来なさいよ」と憮然と構えるようになっていたせいもあって怖くはなかった。何より、尾賀のところは女同士の抗争や、男たちからの理不尽な暴力もない。

 尾賀に気に入られているおかげで愛人のような待遇を受けられたし、仕事にも融通が利いた。一人で必死に頑張っていた時代と違い、自由に出来る時間も多くあり、そこに勤めていることに対しては不満はなかった。


 とはいえ、今回だけは違っていた。話を聞いた当初は、簡単な仕事と立ち場であると悠長に思っていたものの、実際に茉莉海市にやってきてから、明美は冷たい闇に飲み込まれるような恐怖を覚えていた。

 まるで喉元に鋭い刃物を押し当てられ、手足から生きた心地がすうっと抜け出していくようだった。


 今夜は月明かりの強い夜だが、闇の薄れた青白い光にも明美は怯えた。

 白鴎学園高等部の保険医として勤めはじめてから、時々、刺すような視線を覚えていた。それは学園、町、自宅、どこにいてもふとした拍子に感じた。慣れない土地に来たからだろうかと思ったが、最近になってそれは殺気のように強くなった。

 尾賀の後ろには大きな権力者がいて、だから自分たちに手を出すような者もいないだろうと、これまではずっと考えていた。

 けれど先程、電話越しに誰かと話す尾賀を見て、明美は更に怖くなったのだ。

 白鴎学園に降り立った尾賀が「万全ね」と、自信を溢れさせて電話する様子が直視出来なかった。「夜蜘羅さん」と聞こえた彼の声のあと、『君には期待しているからね』という声を聞いて戦慄した。