常盤が廊下へと顔を出しているのを見計らい、暁也は一つ頷いて相槌を打った。

「とにかく、分かっている事は。ここでやばい事件が、今、現在進行形で起こっているってことだな」

 考えることに疲れた修一が、げんなりとした様子でこうぼやいた。

「覚せい剤に、ヘロイン……乱用パーティーと、えっと取引? そんで先生の中にも共犯者がいて、ヤクザと常盤とトラックがあって俺たちの危機――」
「落ち着け」

 暁也は冷静に、混乱に突入しかけた修一の一人思案を遮った。

 そのとき、常盤が弾かれるように廊下へと飛び出した。堪え切れない嬉しさに、その瞳を爛々と怪しく輝かせている。

 何事だろうと訝った二人は、そっと扉に近づいて耳を澄ませたところで、常盤がうっとりとした様子で「雪弥」と呟くのを聞いた。まさか本当にきたのか、と当の常盤本人に馬鹿正直に尋ねかけた修一の口を、暁也が塞いで室内の奥に引っ張り戻す。

 途端、常盤がくるりと振り返った。軽い足取りで戻ってきたかと思うと、突然中央で立ち止まって天井を仰いだ。


「ああ、とても最高な夜だ!」


 突然、室内に歓喜な叫び声が上がり、暁也と修一は驚いて身を強張らせた。常盤は狭いスペースを落ち着きもなく歩き出し、小さな円を描きながら独り言を続ける。

「俺にこそ相応しい最高の相棒が、今日誕生するんだ! 残虐で悪逆非道! ああ、でも彼は気に入ってくれるかな。いや、きっと気に入るはずさ! そうさ、これからは二人でやっていけるんだ! 俺は独りじゃない!」

 奇声を上げて笑い始めた常盤に、暁也と修一は息を呑んだ。自然と身体に力が入り、何度も深い呼吸を繰り返す。狂った瘴気に当てられて、気を抜くとこちらの精神もバランスを崩してしまいそうな光景だった。

 不意に常盤の高笑いが止んだ。

 廊下の奥から、室内に届くほどの距離感で一つの足音が聞こえ出していた。

 薬で聴覚が敏感になっていた常盤は、先程は階段下から聞こえていた足音が近くなっている事に、にんまりと笑みを浮かべた。放送室の出入り口を振り返った彼の瞳はぎらぎらと鋭く見開かれ、歪むように大きく笑う顔には、いびつな皺が寄る。


「早く、早く、雪弥! 早く来て、早く来てよ。君に話したいことがいっぱいあるんだ」


 常盤の声を聞きながら、暁也は嫌な予感を覚えた。無意識に、口中で渇いた舌先を動かせる。後ろでは修一が踵をするように後退して、暁也に聞こえるほど大きく唾を呑みこんだ。

             ※※※

 明美は学長室から出たあと、常盤の代わりにしばらく大学生の馬鹿騒ぎを見ていた。尾賀が予定時刻よりも早く学園に入ったと電話で知らされたのは、それから少し経った頃だった。

 富川の呼び出しをうけて短く話してすぐ、彼女は急ぎ足で駐車場へと向かった。

 時刻は午後十一時前である。

 富川が「先にホテルへ行っていろ」と退出を許可した時の、舐め回すような目つきには吐き気がしたが、予定よりも早く、ほぼ同時に尾賀と李が到着したタイミングでのその提案は、明美にとって喜ばしいものだった。