「最初は批判の意見が殺到したお前でも、すぐにナンバー4としてなじんだだろう」
「初めて顔を合わせる人とは、何度もそれを繰り返しましたけどね……しかも、年々出回っている噂に変な箔がついているみたいで、なじんできてからはよそよそしくされるし」

 雪弥は遠い目をした。他のエージェントたちと一緒に仕事をしない事が多く、ほとんど単独行動任務なだけに、いざ下のエージェントたちの指揮を任されると決まって二つのパターンに別れた。

 まるで雪弥の背後にナンバー1が立っているかのような、よそよそしい態度を取る方がほとんどだ。残りの少数は「本当にあなたがナンバー4ですか」と疑うような眼差しを向け、しばらくは雪弥がエージェントである事すら信じない。前者よりも性質が悪いのは、雪弥本人が主張してもなかなか受け入れてもらえない所にある。

 ぎしっと椅子が軋む音がして、雪弥はナンバー1へ視線を戻した。

 彼の上司はリザが控える側で、肉食獣のような気迫を漂わせた眼孔を細め、くわえた葉巻を今にも噛み潰さん顔をしていた。

「東京でマークしている例の金融会社に、うちのエージェントが潜入している。近々、そいつらとその学園で大きな取引があるという情報だけは掴んだ。お前はこの学園に潜入し、私の指示があるまで情報をかき集めろ。私は早急に事の全容を調べる。情報課に書類があるから、目を通しておけ」
「……はいはい」

 自分に拒否権がないと知って、雪弥は降参のポーズを取って諦め気味に答えた。

 複数で潜入すると怪しまれるので、どうしても単独による行動がこの仕事には最適だった。他の上位ナンバーでは歳が上過ぎるので、ナンバー1の指示を受けて迅速に現場の指揮に回れる雪弥が適任である。

 渋々リザから残りの書類を受け取った雪弥に、ナンバー1が葉巻を口から離しながら言った。

「尾崎と話して、入学手続きはもう済ませてある。今回高等部に入れるのは、まだ覚せい剤が出回っていないらしいという尾崎からの意見もあって、歯止めのためにも捜査員を配置する事にした。高校側にも少なからず協力者がいて、使用者もいるだろうとは推測されるが――尾崎としては、高校生という事も胸が痛いのだろうな。これ以上覚せい剤などが出回らないように見て欲しい、という気持ちも感じた」

 教育者としてある尾崎の事を思うように、ナンバー1が声色をやや和らげる。

「現場にお前を知る人間はいないが、念には念を入れて電車などの交通機関を使え。制服と必要なものは後で全て送らせる。新しく発行しておいた偽造身分の確認も怠るなよ。お前の希望通り名は雪弥のままにしてあるが、名字だけは違うからな」
「……はぁ、了解。この仕事終わったら、ちゃんと休みをくださいよ」

 唇を尖らせて言い、溜息とともに歩き出した雪弥の背中を、ナンバー1とリザが無言で見送った。

 成人男性にしては、やはりどこか幼さの残る背中だ。一見すると平均的な厚みがあるような体躯が中世的に見えてしまうのは、見た目よりも華奢で細いせいだろう。その後ろ姿には、彼が国家特殊機動部隊総本部一の殺人鬼である面影はない。

 出会ってから今年で八年目になる。ナンバー1とリザは、数年前から時を止めてしまったような青年を見つめていた。

 静かにオフィスを出ていった雪弥を見届けたあと、しばらく二人の視線は閉ざされた扉から動かなかった。