「エージェントによる『一掃』だと伺っています」
『学園内部は僕一人で片づけるから、大丈夫ですよ。ご存じの通り、この五日間、僕は彼らのクラスメイトでした。暁也と修一のことは知っています。だから、決してあなたが恐れているようなミスは起こらない』

 間違っても二人の少年を殺すことはない、とナンバー4は語っているようだ。

 澤部の口にくわえられた煙草の先から、伸びた灰がぼろりと崩れ落ちた。「さっきと同じ野郎か?」と静かに続けた澤部に、答える者はいない。たった一人で皆殺しにする気か……と毅梨がつい本音をこぼすと、場が再び緊迫感に包まれた。

『ミスター金島、私が二人を助けることを約束しよう』

 途端に、思考を切り替えたように声から抑揚が消えた。

『しかし、任務が遂行するまで、二人を学園から連れ出せないことは頭に入れておいて下さい』
「それはどういう……!?」
 
 てっきり救出されると思っていただけに、金島は動揺した。内田たちも、電話からこぼれた説明を聞いて目を剥く。

「学園は『戦場』になるのではないのですか、それなのに何故ッ――」
『鉄壁の檻は、学園を完全封鎖し、中の人間を出さないため暗殺部隊が包囲網を敷きます。つまり任務の完遂が確認される前に外に出したら、その時点で命令を受けているエージェントたちに殺されてしまう――だから、事が終わるまでは出す事が出来ないんです』

 僕が守ります、最後にそう告げて、通信が途絶えた。

 しん、と辺りが静まり返った。

 六人の部下たちが見つめる中、金島は、携帯電話をゆっくりと耳元から離した。現場に立つと鬼のような形相で悪と立ち向かっていた男は、静かに顔を歪めて、部下たちを見回した。それは一人の父親の顔をしていた。

 金島は唇を開きかけ、一度口をつぐんで視線をそらした。それから、眉間に刻んだ皺を濃くして、普段の表情に戻って一同に向きあう。焦燥と言いようのない不安などといった個人的な感情を押し潰したのは、金島の仕事に対する厳しい心持ちだった。

 彼は部下たちに、こう宣言した。

「合図が出次第、直ちに藤村組事務所を制圧する。建物内の容疑者を全員確保した後、茉莉海署に委託。我々はその後すぐに白鴎学園へと向かう」

             ※※※

 毅梨を筆頭に、全員が金島に対してしっかり頷く様子を、建物頭上から子狐の面をした暗殺部隊の人間が眺めていた。

 耳にはめている無線機から指示を受け、彼はひらりと身を翻すと、いつの間にか後ろに立っていた長身の白い面の人間を振り返った。少年とも青年ともつかない声で、ぺこりと頭を下げて「よろしくお願いします。私はまた戻りますので」と囁きかける。

 子狐の面と、両目だけがついた白いだけの面が数秒見つめ合った。互いの役割を確認するように頷きあったところで、子狐の面をした彼が軽やかに駆け出す。


 長身の白い面の男の脇を通り過ぎた際、華奢な子狐の面の隊員は、眼鏡の青年へと姿を変えていた。伸縮性の黒いニット服を着た細い身体と、癖の入った髪が月明かりの下に晒され、その手には黒いスーツケースを持っていた。


 里久の姿になった「子狐の面の彼」は、二階建ての建物から飛び降りた。隊長「夜狐」が彼に扮していた際に使っていた原付バイクに跨り、何食わぬ顔で白鴎学園へと向かって走り出した。