「……助かるんだろ。んで、普通に刑罰を受けて刑務所にぶち込まれる」

 澤部は思い出すような口ぶりでそう言って、苦々しそうに煙草の煙を吐き出した。彼の横から顔を覗かせた毅梨が、強い光を放つ月を見上げて「眩しいな」と目を細める。

「まるで嘘みたいな、眩しい夜だ」
「鮮明な悪夢は、決して嘘になりえないんすよ、毅梨課長」

 珍しく曖昧なニュアンスで文学風な台詞を口にした上司に、けれど内田も珍しく空気を読んで便乗するかのように、そう言って唇を尖らせた。

 それを聞いた澤部が、二台目の車辺りで同じように夜空を仰いだ阿利宮たちの方へチラリと目を向け、それから煙草の煙と共に「悪夢は、悪い夢のまんまだ」と、煙を吐き出した。自分たちが柄にもなく、突入前にしんみりとした気分になっているというのも久しぶりだ。

 金島は腕を組んだまま、厳しい表情をそらせて一同に告げた。

「……ナンバーズ組織からは、学園敷地手前まで進む許可をもらっている。我々はこちらが終わり次第、すぐに白鴎学園へと向かう」

 関わったのなら最後まで。俺たちは、この事件の終わりまでを見届ける。

 金島が飲み込んだ言葉を、毅梨たちは知って何も尋ねなかった。すべての作戦事項をエージェントから聞かされたあと、金島に「ついて行く」と揃って答えていた。みんな同じ気持ちだった。

 そのとき、金島がぴくりと片眉を反応させた。阿利宮が顔を向けたのを筆頭に、一同も上司へと視線を滑らせる。

 金島は胸ポケットから、着信音を消していた携帯電話を取り出すなり、その顔を強張らせた。ゆっくりとそれを耳に当て、ややあって言葉を切り出す。

「……こちら金島、現在藤村組事務所近く」
『こんばんは、ミスター金島』

 凛、と空気が冷たく張り詰めた。

 静寂にもれた青年の声色に耳を立てた内田が、「例のナンバー4って奴ですか」と言い掛けたのを聞いて、澤部が「黙ってろ」と小突く。

『あなたの息子さんの暁也君と、その友人である修一君が白鴎学園に連れ去られました』

 金島は総毛立った。馬鹿な、妻が一階にいて茉莉海署の捜査員が玄関先にいたはずだぞ、と思い巡らせる。

 毅梨はどうなっているんだ、と告げるような顔で、比嘉修一を担当していた澤部をにじろりと睨みつけた。煙草を地面に落とした澤部が、声を潜めつつも「茉莉海署のなんとか岸って奴をちゃんと残しときましたよ! つか、そのガキの部屋三階だったし」と慌てて主張する声はやや大きい。
 
 その隣で「この無能」と罵った内田の表情は険しかった。普段から声を張り上げることも多い彼らの声は、電話の向こうにも届いていた。

『起こってしまったことは仕方ありません』