蒼慶は、雪弥の仕事が組織のものだと気付いている。そして、容姿も性格も毛色も違う雪弥が、愛人の子であることも十分に知っていた。

 蒼慶は次期当主という立場にいて、蒼緋蔵家の人間からは「よそ者を我が家に入れるということは」と何度も危惧すべき事態を聞かされていたはずであった。にもかかわらず、ここにきて唐突に自分をそばに置くと言いだしているらしい。

 そのことについて雪弥は一通り考えてみたが、やはり理解出来なかった。

「……やっぱり、兄さんの考えていること、よく分からないや」

 人間、完璧じゃないってこういう事をいうのかなぁ、と雪弥が呟いたとき、夜狐が耳にはめた無線マイクを聞いて立ち上がった。

「ナンバー4、今入った連絡なのですが」

 夜狐の声色は特に変わらなかったが、七年も共に過ごしていた雪弥は、そこに彼独特の緊迫感があることに気付いた。一瞬脳裏に嫌な予感を過ぎり、「おいおいまさか」と目で訴えた雪弥に対して、面をかぶった部下は冷静に頷いた。

「白鴎学園高等部、金島暁也と比嘉修一が拉致されました。二人を乗せた車は藤村組のもので、現在学園敷地内に向かっているそうです。車内に藤村、掛須、常盤の姿が確認されています」

 ベッドの上で震えていた着信音が、まるで空気を読んだかのように止んだ。

「いかがなさいますか」

 夜狐が問い掛け、指示を待つため沈黙した。

 どういった経緯があって二人が学園に連れ去られたのかは知らないが――、いや、そんな些細な事はどうでもいいのだ。保身のためか個人的な思惑があってか、まったく無関係な民間人を巻き込むほどエスカレートしているらしい貪欲さには呆れる。

 しばらくして、雪弥の口元に歪んだ笑みが浮かんだ。

「…………どうやら僕は、あの子の酔狂に付き合うことになりそうだね」

 黒いコートが、夜をまとって翻る。冷静を装った雪弥の表情は、抑えきれない殺気を孕んで見えない敵を軽蔑しているようにも見えた。珍しく個人的に思うところもあって怒っているらしい、と夜狐は小さく呟いて彼の後に続いた。

 特殊機関による作戦決行まで、二十五分を切っていた。

             ※※※

 雪弥が知らせを受けた同時刻、茉莉海市を南へと下った旧市街地。

 金島率いる県警察刑事部捜査一課の特別編成チームは、茉莉海署員を従えて藤村事務所を完全に包囲していた。先程事務所から出た車が戻り、リーダーの藤村を除いた全メンバーがその建物内にいるという状況だった。