「ヘロインはまだ異物混入のされていない純白純正で、国内でそれだけの量が一か所に保管されているのも初めての事だ。自分の領地の異変に気付いて痕跡を辿った先を見て、尾崎はさぞかし驚いただろうな。理事の立場としてどうしたらいいのか分からないと、あいつらしかぬ困った声色だった。私も、それを聞いて驚いた側だが」

 雪弥の言葉を無視して、ナンバー1はシガーライターで葉巻に火をつけ、つらつらと話しを続ける。

「あれだけのヘロインを持ち込めるとなると、東京の犯罪組織とは他にも、別の大きなグループがいそうだ。現在中国で大量のヘロインが広まっている事もあり、国外からの密輸業者は中国経由だと見て間違いない」

 とはいえ、――と彼はそこで葉巻の煙を口の中に転がし、それを吐き出してからしばし思案してこう言った。

「小さい組織には、やはりそのような手配も用意もまず出来ん。裏にどんなグループが付いているのかは未知数だが、いまのところ、東京の奴らがうまい事その組織をそそのかして手引きしていると推測される。東京で起こっている例の薬物事件と繋がっている可能性が高いせいで、尾崎の要望に早急に対処する事も出来ん状況だ」

 ナンバー1は、そこで射抜くような眼孔を雪弥へと向けた。

「東京の方では私が直々に動いているが、その学園に潜入し、情報収集を行いながら動いてくれるエージェントが欲しい。今回はいろいろと腑に落ちない点が多すぎてな、早急に事件の全容を把握したいのだ。そして、大本を叩く時そこも一掃する。国に害がある危険性が浮き彫りになった場合は、違法薬物といえど、うちのやり方で全て消すつもりだ。とにかく、情報が欲しい」

 威厳ある重々しい決定指示の後、室内に沈黙が降りた。

 リザが近くで静かに控える中、雪弥は、しばし彼の目を見つめ返していた。彼は緊張するわけでもなく、思案するような間を置いて口を開く。

「なるほどね、理事や校長としてその尾崎さんという人は動けない。いや、これからも尾崎理事、尾崎校長として居続けるためにも動いちゃいけないわけですね。それで、手っとり早くあなたに依頼を投げたわけですか」

 言って、雪弥は溜息をついた。

 その向かいでは椅子に身を沈めたナンバー1が、平然と葉巻の煙をくゆらせている。東京で大きな事件に携わっているとは思えないほど、彼はいつもと変わらぬ様子に戻っていた。

「うん、あなたが言いたい事はよく分かりますよ。でも、これくらい他のエージェントにだって出来ます。僕がやる必要性を全く感じない。というか、僕には出来ませんよ。はっきり言って無理です、高校生なんて。学生時代から生徒っぽくないって嫌われていたのに、大人になって潜入するとか、更に無理があります」

 すると、ナンバー1が葉巻の紫煙を眺めながら、なんでもないようにこう言った。

「自分より頭が良い生徒を、好きになれる教師は少ないだろう。エージェントも同じようなものだ。しかし、我々はその嫉妬と嫌悪感を力で抑えつければいいだけの話だがな」
「恐怖政治のようですよね、まったく……」

 雪弥がぎこちなく視線をそらすと、ナンバー1は腹に響くような声で笑って、ニヤリと凶暴に細めた目で彼を見た。