うちに引きこめないか、といった彼の思惑に気付いた常盤が『金島暁也、のことですか』と一歩距離を置くように声を落とした。

 気に入らない意見が出たとき、常盤が見せる他人行儀な敬語と顰め面を思い出しながら、富川は「そうだ」と答えて頷いた。

「彼は人質としての価値を十分に持っているだろう。それに、仲間に引き入れておいても損はないはずだ」
『あいつは前の学校で暴力事件を起こして、親の権力でこっちの学校に入れたみたいだけど……一匹狼の不良で変な正義感を持ってるから、仲間にするのは難しいと思う』
「しかし、保険はあったほうがいいだろう?」

 取引がもっとうまく立ちまわれることを想像し、富川は県警察本部長の父を持った生徒が欲しくなった。『でも』と抗議した常盤の言葉を遮り、意見を主張する。

「日頃から言っているだろう、頭を使え。警察の動きを探れる人間がいることは大きいぞ? 今後の取引が更に円滑なものになる。尾賀さんの部下にも洗脳を受けている人間がいる。彼に任せれば確実に引き入れられるだろう」

 しばらく沈黙で応えると、常盤が諦めたように息を吐き出した。

『分かりました、分かりましたよ。でもね富川学長、もう夜の十時を回ってる。金島暁也がどこにいるのかも分からない今の状況で、保険とか引き入れるとかいわれても』

 どうしろって言うんだよ、と言葉の後にドアの開閉音が続いた。『よぉ常盤』と聞き慣れた藤村の声が聞こえてきて、富川は眉を顰めた。

「お前、今どこにいるんだ?」
『ちょうど藤村さんと合流したとこ』

 そう言って、常盤が電話回線を繋げたまま、携帯電話を離して富川が口にした提案を藤村に説明した。

 藤村の声が『俺はそんなガキ知らぇし、今更保健とか要らないだろ』と怪訝そう言い、それを受けた常盤も『俺は二年の頃クラスメイトだったけど、連絡先も住所も知らないんだよね……』と答えて、こちらの電話に出た。

『富川学長の意見も分かるけどさ、それは後日ゆっくりでいいんじゃないかな。とりあえず、こっちはもう一回り車で見てくるから、皆が交流した午後十一時には明美先生を帰して――』

 不意に常盤の言葉が途切れ、『掛須さん、ちょっと止めて!』と強い声に変わった。どうした、と尋ねる富川の問いにも答えず、しばらく電話の通話口が静けさに満ちる。

 ややあって、常盤が緊張を抑え込むように『富川学長』と言った。

『どうやら、運が俺たちに味方しているみたいだ』
「だから、一体何がどうしたんだ?」
『今、すぐそこに暁也――県警察本部長の息子がいる』

 富川は、タイミングの良さに武者震いをした。興奮が抑えきれず室内を歩き出すが、身体から湧き出す熱は止まらない。