警察にマークされていないだろうな。

 富川は懸念したが、事件も起こらない茉莉海市でそれはないだろう、とすぐ冷静になった。この学園で取引が行われることは初めてなので、明美は少し神経質になっていて、きっとそれは自分も同じなのだ。

 そのとき、彼の携帯電話が細々と震えた。富川は常盤からの着信であることを確認すると、電話に出るやいなや「どうだ」と開口一番に尋ねた。危惧すべき事態はあまり想定していなかったが、念には念を、と彼はいつになく慎重になった。

『特に変わった様子はないよ。月末だからかな、金曜日の割に静かなものさ』

 常盤は先程、らしくない様子だった明美に、自分が町の様子を見て来てあげるよといって町に足を運んでいた。電話越しに聞こえる彼の声は、夕刻から変わらず浮わついている。仲間に引き入れる人間が「殺しも平気な奴さ」と語ったときと同じ口調だった。

 一体どんな奴なんだと富川は訝しがったが、藤村のように平気で暴力をふるい、常盤のように利口で賢い人材であれば構わないと思っていた。

 というのも、藤村組の面々は信用できなかったからだ。夜の店を持っていた佐々木原の手下を見てきた富川の目からは、藤村組は横暴というだけの頭の弱いチンピラ集団にしか見えなかったのである。

『富川学長、俺思うんだけど、尾賀さんの件が終わったら明美先生は特にすることもないし、先に帰してもいいんじゃない? 不安がられて今みたいな新しい仕事押し付けられるより、さっさと帰ってもらった方がいいと思うけど』

 取引の最中に見回り行って来いって言われたら嫌だよ、と怪訝そうに声が尖った。富川が尋ねる間もなく、常盤が短い息をついてこう続けた。

『俺は新しく引き入れる奴の相手するんだから、そこまで明美先生に構っていられない』

 そうか、学校に呼んでいるんだったな。

 富川は思い出して口を閉ざした。少し考えて、「そうだな」と言葉を切り出す。

「立ち会うのは私と藤村さんだけでいいからな、明美は尾賀さんが現場に到着次第、帰すことにしよう」

 常盤が富川に対して明美に「先生」をつけるように、富川も常盤に対しては藤村に「さん」をつけて話した。上辺の礼儀としてそうしている。

 明美が敏感になりすぎだと常盤は述べたが、『でも、明美先生があそこまで言うのも珍しいよね』と富川が思っていたことも口にした。

 明美の言葉を考慮していた富川は、やはりお前もそう思うか、と目を細めた。ここは慎重に保険でも掛けておくべきだろうかと思案したとき、ふと名案を思いついた。同時に生まれた新たな欲に、乾いた唇を舐めて撫でるような声で尋ねる。

「高等部に、確か県警察の本部長の子がいたな」