富川が儲け話に乗り気になったのは、尾賀との連絡掛かりとして明美が送られてきてからだった。下心をくすぐる容姿もさながら、彼女は最高のテクニシャンであった。

 これまでに感じたこともない強い快楽を富川に与え、常に彼の性欲を満たして悦ばせた。明美に「あなたは顎で指示するだけでいいのよ、他は全部、尾賀たちがやってくれるんだから」と聞かされ、富川は今回の取引に協力することを決めた。

 誰かに従うことが嫌いな人間であったが、富川は大きな権力の前では腰を低く構えた。彼は「どうすれば自分が優位な位置にいられるのか」よく理解していた。場所を提供し、藤村と尾賀たちに全部任せていれば大きな利益を得られる。怖いほど良い条件だと富川は考えた。

 富川は、ヘロインを持ってくる李には「これからもいいビジネスをしましょう」と愛想を振ったが、鼻につく尾賀は出来るだけ藤村に押し付けていた。

 尾賀には大きな暴力団や他の権力者の後ろ盾があることを知っていたが、いつものように「親睦を深めて私に利益を」とすることも出来なかった。「分かっているのかね」「だから私は初めからそういっているね」「こうじゃないかね」と尾賀に意見を押し付けられるたび、富川は反吐が出そうなほどの嫌悪感を覚えた。


 午後十時を回った頃、覚せい剤パーティーが大学校舎二階で行われる中、富川は学長室で神妙な表情を浮かべていた。薄暗い照明ばかりがぼんやりと灯った室内では、秒針が刻む音が響き渡っている。


 港で会った李に「迎えなんぞ要らんわい!」と追い返された明美は、数十分前に一旦学園へと戻って来ていた。電話越しで事情を聞いた富川が「一度戻って来い」と指示したのだ。

 明美はどこか様子がおかしかった。いつもの気丈な表情は不安に曇り、学長室にやってくるなりこうこぼした。

「ねぇ、富川。本当に今夜は大丈夫なのよね?」

 今まで尾賀と売買していたお前なら分かるだろう、と富川は返したが、明美は納得しなかった。「そうだけど」と言葉を濁し、「嫌な予感が消えないのよ」と珍しく弱々しげだった。

「確かに鴨津原の件も、いつも通り報道規制もしっかりされているわ。尾賀の後ろに大きな権力が持った連中がいることも十分に分かってるけど、なんだか胸騒ぎが止まらないのよ」

 そのタイミングで学生を集め終わった常盤が戻って来て、「じゃあ念のために、俺がもう一度見てくるから」と提案しその話は終わった。戻って来る際には藤村と一緒であることを告げて常盤は出て行き、尾賀と合流予定の時間まで、明美が彼の代わりに覚せい剤パーティー会場に入ることになったのだ。


 そうやって大学の学長室に一人残された富川は、予約したホテルでの楽しい夜を期待して思い浮かべていたのだが、ふと、先程の明美の様子が思い起こされて小さな警戒心を覚えた。