携帯電話を操作すると耳に当てて、ベランダに出て下の階にあるベランダを覗きこんだ。そこからトルコ行進曲が聞こえることを確認すると、電話が繋がるまでしばらく待つ。

 数秒のコール音が続いた後、聞き慣れた声が陽気に『よお、どうした?』と応えた。それは下の階にいる幼馴染の武田で、その声は相変わらず弾むような心地よさで耳に入ってくる。

「ベランダ伝って、お前んとこに降りてもいいか? ついでに、その下の階のベランダにもお世話になりたいんだけど」
『お、去年見つかって封印したあの技を今解禁するつもりか? 俺は勿論いいけどよ、トモ兄んところもか?』
「裏から出たいなぁと思ってさ」

 そう答えている間にも、下のベランダに人影が覗いた。筋肉で引き締まった長身の少年が、ベランダから修一を見上げてくる。

 小麦色の肌に堀りの深い顔を持った彼は、武田だった。やや吊り上がった大きな瞳で二回ほど瞬きをすると、『別に理由は聞かねぇけどさ』と逆立った髪を力なくかき、『でもよ』と言って彼は続けた。

『トモ兄、コンビニのバイトだから今いないぜ? まっ、彼女からもらったプランター壊さなきゃオーケーだろ。俺んところは親父もお袋もまだ帰ってきてねぇから、いつでも来いよ。外に出るんだったら靴も忘れんなよ』
「おう、感謝するぜ」
『いいってことよ』 

 二人は、同時に歯を見せて親指を立てる仕草をした。笑んだ顔には陽気さが覗き、その瞳は悪戯好きの活気を溢れさせてきらきらとしていた。