「うちに何の用ですか? こんな遅い時間から」

 思わず、修一は押し売りを断る母の口調で唇を尖らせた。すると、顰め面に口をへの字に曲げた男が、「修一君だね?」と愛想もなく尋ねてきた。

 無精髭を生やした四十代の彼は、修一がドラマで見るようなよれよれのスーツにノーネクタイ姿であった。強いニコチンの匂いを漂わせていたが、隣の若い男はびしっと着込んだスーツ姿で毅然として立っている。

 修一は、だらしなく立った無精髭の男をしばらく見上げ、ぶっきらぼうに「そうですけど」と答えた。

「あ~……俺は捜査一課の澤部、で、こっちが」

 言い掛けて、澤部と名乗った男は、霞む視界を凝らすように隣の男を見た。まるで、同じ署で働いていながら全く面識がないといった様子である。

 若い風貌の男は、緊張したように澤部から視線をそらすと、真っ直ぐに修一へと向き直って胸を張るように背筋を伸ばした。

「同じく、茉莉海署の新田岸(にたぎし)であります!」

 新しく配属された部下なのかな、と修一は思いながら「はぁ、そうなんですか」と上辺で返した。新田岸の声を煩わしそうに聞いた澤部が、視線を落としながら少し薄くなった頭部へと手を伸ばして「あ~」とぎこちなく言葉を繋いだ。

「この辺に俺たちが追ってる容疑者がいて、なんか変わった様子とかなかったかな」
「特にないですけど」
「そうか、うん、さっきみたいに誰かも確認せずに開けないようにな。犯人確保までしばらく外出は控えて欲しいんだが、今からどこかに行こうなんて考えちゃいないよな?」

 おう、深夜徘徊はいかんぞー、と男はほとんど棒読みで言った。

 言い方はぶっきらぼうで投げやりだったが、耳に障るような声色ではない。修一は悪い人ではないのだなと思い、二言三言適当に答えて扉を閉めた。警察が行った後に家を出ればいいか、と楽観視して携帯電話と鍵をポケットに入れた。


 しかし、数分後、玄関の覗き穴を見た彼は「どうしよう」と悩んだ。


 男たちはこちらに背を向け、囁き合って立ち話をしていたのだ。澤部と名乗った男の方は、はすぐに煙草をくわえて去っていったのだが、新田岸は動く様子もなく比嘉家の扉前に立った。まるで見張られているような気もしたが、多分、気のせいなのかもしれない。

「うん、だって俺の玄関前を張る意味なんてないもん」