ふとした拍子に雪弥が発言する言葉は、キレイに的を射ていることもあった。けれど教師と違って後味が良い。そして、騒ぎを遠ざけるタイプかと思えば、自分から突っ込んでいったりする。

 廊下で遊んでいた三組の男子生徒が足を滑らせた際、雪弥は廊下に面した窓からひょいと身を乗り出して彼の転倒を防いだ。方向を誤ったボール先に生徒たちが気付いたとき、いつの間にかいた雪弥がタイミング良くボールをキャッチし、女子生徒は強打を免れた。

 クラスメイトの男子生徒と女子生徒が口喧嘩をしていると、遠巻きに見る生徒たちに構わず、雪弥はあっという間に仲裁に入って場を丸く収めてしまう。

 雪弥は優しくて、とてもいい奴だ。

 修一は、ますます彼が気に入っていた。来週こそはカラオケに誘おうと考えて、バリバリなロックを歌う彼を想像して思わず声を上げて笑った。

 一緒にカラオケに行くところを思い浮かべると、極端に上手か、有り得ないほど音痴のド下手かのどちからしか考えられなかったのだ。雪弥は普段から修一の予想を越えていたので、そんな推測しか立てられなかった。

 育ちが良い「お坊ちゃん」かと思いきや家事上手、頭脳派かと思えば意外にも行動派であったりする。大人しいと思っていたら、修一たちが絡まれた酔っぱらい男を、微塵も躊躇せず一発で組み伏せて助けてくれた。

 思い出すと、過ごした日々は濃厚だった。

 それでも、雪弥が転入してまだ五日しか経っていないのだ。

 修一はなぜか、とても長く一緒にいるような錯覚を受けた。今では暁也と修一、雪弥の三人で一緒に過ごしていることが当たり前になっている。

 一時間目の授業が始まる前から暁也がいて、修一が授業の合間につまむパンやお菓子を三等分する光景も珍しくない。暁也が机に足もおかず修一と雪弥へ向き、言葉を交わす光景もすっかり教室に馴染んでいた。

 修一はサッカーTシャツとスポーツウェアに着替え、何をするわけでもなく食卓の椅子に腰かけた。

 腹はすっかり満たされていたが、ここ一週間を振り返っていると小腹がすくような、しっくりとこない違和感を覚えた。その正体を探ろうと考え込んでみたものの、まるで宿題をやっているような倦怠感に欠伸が込み上げた。

「…………やべ、俺やっぱ頭脳派じゃないわ」

 途中で思考を放り投げると、修一は何気なくベランダに出た。

 白鴎学園の姿は、夜に埋もれて見えなくなっていた。ぽつりぽつりと建物の明かりが見えたが、今日はやけに明かりの数がない。町は、静けさに包まれた闇に沈んでいるようだった。

 温くもなく冷たくもない、湿気が混じった風が漂っていた。先程まで吹いていた心地よい風が、ぴたりと止んでしまっている。町に人の気配だけを残し、世界がひっそりと息を潜めているようだと修一は思った。