暁也は部屋に戻ると、自宅から抜け出す作戦を立てた。ふと、修一の住居にも外出控えの告知が回っていたらと想像した。

 修一は馬鹿に素直で真面目なところもあるので、素直に外出を控えるかもしれない。


 暁也は「抜け出せ」と提案するつもりで彼に電話をかけた。うちみたいに刑事が玄関先で待機しているわけじゃないだろうし、きっと簡単だろう。とにかく家を出て、外で落ち合うのが最優先だ。それから学校に向かう。

 もし警察が回ってきていたとしても、注意を無視してそのまま家を出ればいいだけの話だと暁也は思った。

         ※※※

 修一の家は、第三住宅街の北側にあった。そこは賃金が安く、高さの低いアパートやマンションが並ぶ一帯である。

 修一が家族と三人で住んでいるアパートは大通りの近くにあり、玄関からは茉莉海市ショッピングセンター、ベランダからは北西向けに白鴎学園の校舎がちらりと見えた。

 三階建てのアパート「エンジェル留美」は、一つの階に四世帯の、合計十二世帯が入居している。こじんまりとした台所と、畳部屋がついた2LDKの三〇二号室が修一の住まいだ。

 真下の階に当たる二〇二号室には、高校二年生まで同じクラスだった幼馴染の武田(たけだ)弘志(ひろし)が父と二人で暮らしている。彼の父は運送会社で帰りが遅く、修一は武田と一緒に過ごすことが多かった。

 暇になればお互いの部屋を行ったり来たりと過ごし、大抵夕飯は修一の部屋で共に食べる。武田の父と修一の両親は仲が良く、プライベードでの付き合いも多々あったからだ。

 修一にとって、ドラマや映画、ニュースの中だけだと思っていた違法薬物を、常盤が持っていたことは大きな驚きだった。この前見たドラマの影響で「保険の先生が麻薬をやってるかも」と勘違いしたときと比べ物にならないほど、本物がやりとりされている現場には緊張した。

 まるで、自分の方が悪いことをしているようにドキドキが止まらなかった。常盤が動いた際、弾かれるようにその場を飛び出したのは、度胸が据わった冷静沈着な暁也も同じである。

 なんというか、直感的に、あれはダメな物だと思った。

 はじめて「明美先生」のことを暁也に相談したとき、修一は「そんな安易な代物じゃないんだぜ」と言われた。常盤が本物の薬物を雪弥に押し付けるのを見て、その言葉の意味がなんとなく分かった。違法薬物は実物を見たこともない修一でも、想像以上に危険な存在感を放っていたからだ。