そのとき、悲痛に歪みかけた顔をそらすように父が踵を返した。わずかに横顔を暁也に向け、ただ一言「部屋に戻りなさい」と静かに告げて歩き出す。

 そこへ身を割りこませたのは、阿利宮だった。

「大きな事故があってね、容疑者が逃走しているから、今日は大人しくしていて欲しいんだ。いいね?」
「大きな事件が起こってて、安全のため家にいた方がいいってことっすよ」

 毅梨と澤部が父に続いて玄関から出て行くのを目で追い、内田が面倒だと言わんばかりの半眼を暁也に向けた。阿利宮が「この馬鹿ッ」と振り返るが、内田はバリバリと豪快に頭をかいて続ける。

「阿利宮さん、遠まわし過ぎますよ。はっきり言ってやった方がいいんじゃないすか? 俺らは大きな事件の犯人を追っていて、住民は出来るだけ外出を控えてもらうように声掛けてるって」

 内田は言って、阿利宮に垂れた瞳をじろりと投げ寄こした。

 目があった阿利宮は、その視線に含まれる意図に気付いたように顔を上げて、「そ、そうだね」と自身に言い聞かせるように口にして暁也へと向き直った。

「内田さんの言う通りなんだ。犯人確保まで内密なことなんだけど……暁也君のお母さんにも、鍵を掛けておくようにって言ってあるから」

 阿利宮と内田は母に挨拶をすると、すぐ外へと出て行ってしまった。

 玄関に阿利宮の部下二人が残ったことに違和感を覚え、暁也は自分の部屋へと引き返しながら腕時計を見て舌打ちした。「こんなときに何てバッドタイミングだよ」と父が関わっているらしい事件を忌々しく思った。

 本部長の息子だから厳重なのか。

 うちの近くで容疑者確保に向けて作戦が進んでいるせいか。

 その二通りの考えが思い浮かび、雪弥が常盤に会いに行かない可能性も考えてみた。しかし、どう転ぶか分からない状況の中で、自分が理想とするパターンを期待するのはあまりにも愚かで危険なことであり、そわそわと心配して無駄な時間を過ごすよりは、やはり当初の予定通り先手を打って動く方がいいだろうという結論に達した。