食事が終わった頃、暁也は何食わぬ顔で母に「今日の夜も、ちょっとバイクを走らせて来るから」と告げた。
いつも父が帰って来る午後九時から午後十時に掛けて家を出ると、母が就寝する十二時前までは一人ツーリングを楽しむことが日課だった。だから暁也にとっては、怪しまれることもない外出理由だったのだ。
午後十時頃に修一と落ち合うことも知らない母は、明日の土曜日にでも一度バイクの定期検診を受けさせることをすすめただけだった。母もバイクを乗り回していた人間だったので、暁也が夜のドライブを始めた頃も「夜風って気持ちいいし、夜景も最高よね」としか言わなかったのだ。
暁也は部屋に戻ると、修一に『俺出る口実オーケー、お前は?』とメールを送った。すぐに返ってきた返事は『メシ食ってる、ハンバーグ最高。親どっちも帰り遅くなるから、友だちんとこに宿題写しに行くって書き置き残す』とあった。修一の両親は自営業で食品加工を行っており、途中母親が職場を抜けて夕飯を作っておくことが多かった。
午後十時前に、改めてショッピングセンター前で待ち合わせすることを確認し合って、暁也は時間を待ちながら持って行くものを揃えた。
携帯電話と免許証の入った財布をポケットに詰め、バイクの鍵とヘルメットをベッドに並べる。最後に彼が手に取ったのは、火曜日に修一とカケオケ店へ行く前に買った、安物の腕時計だった。
今まで時間を気にすることはなかったから、腕時計なんて買った経験もなかった。しかし、授業時間外を利用して雪弥に校内を案内するようになってから、ベルト式の細い腕時計は必需品の一つになっていた。
人に時間を合わせたり、説明することは苦手だったはずなのに、修一と同様に、雪弥に対しても不思議とそんな面倒臭さを覚えなかった。最近はもっぱら、授業も休み時間も常に三人でいることが多く、「おはよう」から「また明日ね」を、修一や雪弥と交わすことも心地良かった。
暁也は、三学年で一番の遅刻魔である。時間に縛られることが好きではなく、つまらない学校でじっと過ごすことも耐えられなかった。事件の一件以来、教師や生徒も信用できず、そこでは過ぎて行く時間すらひどく遅いと感じた。
それが今週の月曜日からは、あっという間に流れているような物足りなさを感じていた。家で一人じっとしているときや、バイクで走り回っている方が、暁也は時間がのろのろと時を数えているのではないかと思った。
時計の針が九時四十分を打った頃、暁也は昨日読みかけになっていた本から目を上げた。まだこんな時間かよ、と悪態をつきながら、ふと常盤への苛立ちを思い出して舌打ちした。
「常盤の野郎、雪弥を巻き込もうとしやがって」
一発ガツンと言ってやらないと気が済まない、と暁也は本を閉じた。
いつも父が帰って来る午後九時から午後十時に掛けて家を出ると、母が就寝する十二時前までは一人ツーリングを楽しむことが日課だった。だから暁也にとっては、怪しまれることもない外出理由だったのだ。
午後十時頃に修一と落ち合うことも知らない母は、明日の土曜日にでも一度バイクの定期検診を受けさせることをすすめただけだった。母もバイクを乗り回していた人間だったので、暁也が夜のドライブを始めた頃も「夜風って気持ちいいし、夜景も最高よね」としか言わなかったのだ。
暁也は部屋に戻ると、修一に『俺出る口実オーケー、お前は?』とメールを送った。すぐに返ってきた返事は『メシ食ってる、ハンバーグ最高。親どっちも帰り遅くなるから、友だちんとこに宿題写しに行くって書き置き残す』とあった。修一の両親は自営業で食品加工を行っており、途中母親が職場を抜けて夕飯を作っておくことが多かった。
午後十時前に、改めてショッピングセンター前で待ち合わせすることを確認し合って、暁也は時間を待ちながら持って行くものを揃えた。
携帯電話と免許証の入った財布をポケットに詰め、バイクの鍵とヘルメットをベッドに並べる。最後に彼が手に取ったのは、火曜日に修一とカケオケ店へ行く前に買った、安物の腕時計だった。
今まで時間を気にすることはなかったから、腕時計なんて買った経験もなかった。しかし、授業時間外を利用して雪弥に校内を案内するようになってから、ベルト式の細い腕時計は必需品の一つになっていた。
人に時間を合わせたり、説明することは苦手だったはずなのに、修一と同様に、雪弥に対しても不思議とそんな面倒臭さを覚えなかった。最近はもっぱら、授業も休み時間も常に三人でいることが多く、「おはよう」から「また明日ね」を、修一や雪弥と交わすことも心地良かった。
暁也は、三学年で一番の遅刻魔である。時間に縛られることが好きではなく、つまらない学校でじっと過ごすことも耐えられなかった。事件の一件以来、教師や生徒も信用できず、そこでは過ぎて行く時間すらひどく遅いと感じた。
それが今週の月曜日からは、あっという間に流れているような物足りなさを感じていた。家で一人じっとしているときや、バイクで走り回っている方が、暁也は時間がのろのろと時を数えているのではないかと思った。
時計の針が九時四十分を打った頃、暁也は昨日読みかけになっていた本から目を上げた。まだこんな時間かよ、と悪態をつきながら、ふと常盤への苛立ちを思い出して舌打ちした。
「常盤の野郎、雪弥を巻き込もうとしやがって」
一発ガツンと言ってやらないと気が済まない、と暁也は本を閉じた。