暁也は考えたが、途中母に呼ばれて思考をそこで止めた。さっと手早く私服に着替えると、急ぎ足で一階へと降りた。


 リビングには、普段と変わらず二人分の食事が広げられていた。母と暁也、二人の食事風景はいつものことだった。父がいないことの方が、暁也には居心地が良い。


 高知市にある高等学校の二年生だった頃、彼は校内で暴力事件を起こした。一年生の女子生徒に手を上げた三年の不良集団が気に食わず、そのまま一人で全員を病院送りにしたのだ。

 遠巻きに見ているだけで、助けもしない学生たちに腹が立った。不良集団と、そこで起こっている悪行に見て見ぬ振りを決め込む教師たちに怒りを覚えた。気付いた時には、女子生徒に手を上げた先輩学生を殴り飛ばしていた。

 ようやく浮き彫りになった校内の風紀乱れと苛めの実態を、学校側は暁也が悪いと主張して自分たちの立場を守った。不良集団リーダーの父親が、県議員だったことが理由だった。

 暁也は権力も不正も嫌いだった。人間関係や縛られる生活よりも、ならばと一人でいることを選んだ。

 しばらく擦れ違いなっていた父と、あの事件を起こしたときまともに顔を合わせた。暁也は校長室で彼に「こんなときに父親面してんじゃねぇよ」と言い掛けて、不意に言葉が詰まった。悪に正面から立ち向かう父の威厳溢れる顔が歪むのを見て、まるで自分のすべてを拒絶されているように感じた。

 どうせ何を言っても、俺の話なんて聞いてくれねぇんだろ?

 中学生までほとんど接したことがなかった父は、暁也にとって「父親」という名の男にすぎなかった。なのに呼び出された校長室で父の顔を見たとき、たった一人の父と子なのだというものを眼差し一つで感じさせられたような気がして、一瞬、呼吸も忘れるほど胸が詰まったのだ。

 理由も分からず怒りが身を潜め、暁也はそれ以降父を避けるようになった。父を見掛ける度に、まるで被害妄想のように、その顔に「恥を知れ」という自分がもっとも見たくない表情が浮かぶのを想像した。

 白鴎学園に編入出来たとき、「コネで入学できたんじゃねぇの」という自分の噂を聞いた。以前の学校で不正で潔白を勝ちとった不良集団リーダーの父親を思い出して、暁也は再び怒りを覚えた。それだけがどうしても許せなくて、入学早々にそう言って絡んできた三年生と喧嘩を起こした。

 正義を掲げる父を遠ざける理由を、嫌悪感だといって自分を納得させると、鬱陶しい想像も浮かばなくなった。その方が、小難しく考えずに済んでひどく楽だった。

 だって俺は「不良」なのだ。

 期待なんかされる方がおかしい。

「もらったジャガイモが大きくて、煮込み切れているか心配だったのよ。どう? アキ」
「ん、普通に美味い」
「そう、良かったわ」

 母は料理上手だ。友人をテラスに呼び、紅茶と手作りの菓子を御馳走するのが日課であった。暁也が何も語らなかったが、母だけが事件後も変わらずに接してくれていた。

 理不尽に高校を追いだされた暁也が、「俺なんて産まれて来なきゃいいって思ってんだろ」と当たり散らしたとき、母は彼を抱きしめてたった一度だけ、その事件の想いを口にした。「そんな悲しいこと言わないで。アキが優しいこと、母さん知っているもの」と彼女は言った切り、以前通っていた高校のことを話題に出さなかった。