途中の信号で時間を取られて、暁也と修一は少しの間二人を見失ってしまった。彼らが歩いて行った方角から、もしやと思ってゲームゼンターのあたりに向かってみると、人目から隠れられるその裏手に常盤と雪弥はいた。

 ようやく声が聞こえる位置まで入りこんだところで、常盤が彼に違法薬物を押しつけて「今夜放送室に来て」と待ち合わせ時間を告げたのを目撃した。

 視線の先で常盤が弾くように動き出した瞬間、二人はギクリとして、反射的にその場から駆け出していた。そのまま全力疾走で大通りの人混みへまぎれると、他に話し合いの場所など思い付かず、歌うわけでもなくカラオケ店の一室に入った。

「なぁ、どうしよう。思わず逃げてきちゃったけどさ……」

 個人的に常盤を知らない修一は、彼が違法薬物を所持していたことに驚きを隠せないでいた。先日、暁也から「ヤバい事してるぜ」とは言われていたものの、まさかここにきて違法薬物が出てくるとは思わなかったのである。

 もともと常盤の素行について知っていた暁也としては、雪弥が目をつけられた事に焦っていた。勉学に効果があるという誘い文句を思い出すと、進学校から来て勉強に悩んでいる雪弥を、三学年トップの常盤が誘うのもおかしくないのかもしれないが……

「あいつ頭良いけど根が甘いからな、行きそうな気がする」

 彼が強く何かを反対したりするところを見た事がないせいで、余計に気になって仕方がない。雪弥は、あまりにも優し過ぎる少年だと思うのだ。

 常盤はどこか「自分は偉い」と他生徒を見下す傾向を持っているところがあり、暁也は彼のそういうところも嫌いだった。白鴎学園で一人浮いていた常盤が、話しかけ易く頭の良い雪弥を「自分の友人に相応しい」として気に入ったのではないかと勘ぐると、ますます嫌な気持ちが込み上げる。

 白鴎学園一控えめな本田雪弥は、不思議と誰からも好かれた。修一のように運動派で無駄に元気な生徒だけでなく、一癖ある生徒も、彼となら普通に話しを交わした。雪弥は言葉数が多いわけではないが、話し掛ける時も話しかけられた後も、不思議と心地良い余韻を残す少年であった。

 雪弥は、合同で体育の授業を受けている四組の生徒にも好評だった。西田は「この俺にサッカーで挑んでくるとは笑いが止まらんよ!」「くそぉ、俺はお前が嫌いだ!」とも断言したりしたが、一階食堂で修一や暁也と顔を合わせる度に、雪弥のことを尋ねてくる。

 今日の昼休みは、「本田雪弥にこの俺が焼きそばパンを恵んでやろうと思ってな!」と言い、焼きそばを単品で購入した修一と走り回っていたほどである。