あのとき、尾賀はどうにか平静を装って「お前が確認すればいいね」という本音を堪え、「私がしっかりと確認してくるから心配いらないね」と述べたのだ。すると、彼はトドメのようにこうも指示を付け加えてきた。

「私は今日大事な予定が入っているから、報告は明日聞く。いちいち到着時の報告や経過報告などしなくとも、スムーズにやってくれればそれでいい」

 まるで立派なボスみたいな話口調が、最近は特に鼻につくようになっていたから、尾賀は反吐が出そうになって「準備が忙しい」と下手な言い訳で早々に帰ってもらった。


 なにしろ榎林は昨日の午後、「ちょっと行って来る」と佐々木原たちを連れ出したかと思うと、とうとう一本の連絡も寄越さず会社にも戻ってこなかったのだ。新しい取引の場所となった学園で、初めてヘロインを入荷する前日のことだったので、尾賀は苛立った。


 上に立つ者としての素質は皆無だと、内心愚痴ったものだ。しかも、今日会ってその件についてつついてやろうとしたら、まったく榎林の悪さ満載という感じが濃厚に出ていて、非常に苛々させられたのである。

 まだ先も長い高速道路を見据えていた尾賀は、つい、その時の事を思い返した。

 思わず小さな鼻に皺を寄せ「ふんっ」と憤りを露わにするものの、運転席に一人座る大柄な男は声を掛ける事もなく、ただ黙々と運転を続ける。


 今日も決まった時刻に、榎林は第一支店の様子を見にきた。昨日のことをさりげなく尋ねてみたら、すぐ小馬鹿にするように尾賀を見降ろしてきた。榎林も小さい方ではあったが、李と同じ百四十五センチしかない尾賀を見下ろすのが、とても好きな男だった。

「昨日私が何をしていたかだと? 尾賀さん、そんなことを聞くぐらいだったら、今日の取引について考えるべきだろう。違うかね?」

 榎林の隣には、暴力団の佐々木原がいた。彼は高い身長をしていて、いつも凶暴な目付きを隠すようにサングラスをしている。彼は相変わらずくぐもるような笑い声をあげて、こう言ったのだ。

「榎林さんの言うとおりでしょうねぇ」


 佐々木原の張り付いたヘタクソな作り笑いを思い出し、尾賀は更に苛立った。会話もない車内で「榎林と佐々木原め!」と罵り、浮いた足を二、三度前方に振り上げてしまう。短く覗いた細い脚は、黒いポンチョの下から虚しく宙を切った。

 本当は黒のロングコートを着用したい尾賀だったが、彼の背丈だと「風にはためく」生地がなくなってしまう。夜蜘羅の提案の元、彼が考えたのが、四季に合わせて上質な生地でオーダーメイドさせるポンチョだったのである。