「もちろん十一時前でも構わないよ! 三階放送室の鍵を開けて待ってるから」

 常盤は褐色かかった錠剤の入った小袋を取り出したが、震える手から落としてしまった。彼は弾くようにそれを拾い上げ、しっかりと雪弥の手に握らせる。

「これ、ヘロインを加工した麻薬なんだ。とりあえず一回分だけ試してみてよ、気に入るようだったらもっと沢山プレゼントするから」

 ヘロインは通常ニードル摂取である。常盤は加工された薬を眺める雪弥の思索も気付かないまま、「今夜十一時には取引が始まるから、それまでに来てね!」と強調して飛ぶように走りだした。

 これから取引のために動き出すのだろうと思いながら、雪弥はポケットに合成麻薬を押し込んだ。既に特殊機関の方では現物を確保しているだろうが、これも提出用に送っておくかと考える。

 その時――


「ナンバー4、立ち聞きしていた人間がおりました」


 夜狐が、雪弥の背後で膝をついてそう言った。頭を下げたまま「常盤聡史が動くと同時に慌てて去って行きましたが」と、どのように対応するか判断を仰ぐように報告する。

 雪弥は常盤の姿が見えなくなった路地へと目を向け、仕事時の口調で「特定は出来ているか」と冷ややかに問い掛けた。

「はい。潜入先であなた様と共にいた、修一と暁也、という少年たちです」

 その名前が聞こえたとき、雪弥は思考を止めてパチリと瞬きした。

 思わず普段の表情で振り返り、頭を上げる許可をもらっていない夜狐を見下ろす。彼は顔を地面に向けたたまま、耳だけを澄ませてこちらの反応を待っていた。

「…………それ、本当?」
「本当です」

 抑揚なく夜狐が答えるのを聞いて、雪弥は「やれやれ」と息をついた。少年たちがそれぞれ、強い好奇心と正義感を持っているらしいことを思うと、面倒なことになったなぁと感じる。

 雪弥はその場で素早く思案すると、二秒半で解決策を見い出した。

「とりあえず一旦部屋に戻ろうか」

 そう指示する声色は柔らかかったが、そのタイミングで今夜の作戦決行へ思考を切り替えたその瞳には、ナンバー4として特殊機関の幹部席に君臨し、今回の現場を指揮するに相応しい冷酷な威圧感も宿っていた。


 いつの間にか、風は殺気に緊迫した空気のなかで凍りついていた。雪弥は頭を下げたままの夜狐を眺め、厳粛な面持ちを浮かべて踵を返す。


「計画は当初の予定通りだ。二十三時までに藤村事務所、二十三時ちょうどに学園一帯を完全に封鎖。子供たちを巻き込まないよう、金島本部長たちには追って新しい指示を出す」
「御意」

 答えた声と共に、そこには雪弥だけが残された。