「今夜十一時に取引があって、学校に悪党どもが押し寄せる。本当だよ、嘘じゃない。雪弥のために特等席も用意するし、麻薬も女も酒も暴力も、殺しだって出来るよ。俺たち、東京の大きな組織と組んでいるから、そっちに頼めばきっと何人でも殺せる」

 常盤は必死だった。本当の悪党には、これだけの話では物足りないのかと焦燥に駆られて言い淀む。ポケットに用意した少量の合成麻薬でさえ彼の気を引けないのか、と苦渋の表情だった。

 ずいぶん、悪にご執心なようだ。そう雪弥は嘲笑した。平気で殺しの出来る人間を、常盤はどうやら逃がしたくないと考えているらしい。

 はじめから、取引で差し出す学生だけにブルードリームは配られていた。それでも、富川と藤村たちが配っていた覚せい剤の正体も知らないことを、雪弥は話題が切れた常盤を見て悟った。

 この少年は必至そうにアピールしてくるが、その悪事の内容も違法薬物に関してくらいだ。少し手助けをしているだけで、組織の詳細な動きや思惑は何一つ知らないのだろう。

 もしかしたら推測通り、茉莉海市の共犯者たちは相手組織側の本当の目的については、何一つ知らされていないのかもしれない。大抵都合良く動かされているだけの小組織とは、そのようなものが多いのも事実だ。

 つまり学院と藤村組は、こちらが求めるような情報を持ってはいない。

 それだけで、雪弥はもう十分だった。

「いいよ、じゃあ僕にそれを見せて」

 ここにいるのも時間の無駄だと判断し、雪弥は悪くなさそうな素振りを装ってそう言った。続けて説得されたりアピールされても面倒なので、適当に「面白そうだし」と続けて、ひとまずその誘いに乗るように言葉を返す。

 向かい合う少年の様子を窺ってみると、常盤の顔には、喜びがはち切れんばかりの笑みが浮かんでいた。まるで、欲しかったプレゼントをもらった子供のようだった。

「今夜十一時に学校で会おう」

 歓喜に声を弾ませ、常盤が声高らかにそう告げた。急くようにポケットを探る手は、早まった鼓動に合わせて震えている様子も見られた。