交差点の歩行者信号が何回目かの青になったとき、常盤の心臓が飛び上がった。一瞬で全身の血液が大きく波打ち、恋焦がれるように熱くなる。

 こちらへと歩いて来る男子生徒は、忘れもしないあの少年だった。


 昨日、彼の目の前で人間を殺した顔がそこにはあった。小柄な印象があるものの、しっかりとした体躯は高校三年生にしては大人びている。

 傾いた陽の光で、少年の髪はグレーやブルーを帯びているように常盤は錯覚した。白い肌をした小奇麗な顔が、真っ直ぐ常盤だけを見つめている。まるで悪を感じない大人しそうな顔だったが、アンバランスに浮く黒い瞳に残虐性を思って、常盤は勝手に一人酔いしれた。

             ※※※

「こんにちは。君が常盤君かな」

 雪弥にとって、それはいつものぎこちない笑みだった。しかし、常盤は相手の警戒心を打ち砕く裏表ない表情だと好印象に映り、彼は「はじめまして、一組の常盤聡史だよ」と興奮を抑えて話しかけると、すぐ「場所を変えようか」と早々に交差点へと促す。

 歩道の信号がタイミング良く青に変わり、常盤が道に不慣れな雪弥を案内するように前を歩いた。向かい側へと渡る歩行者にまぎれて、常盤は待ち切れず「昨日のあれ、見たよ」と後ろの雪弥に囁いた。

「すごかった、俺、感動したよ」

 感極まった声色を察知し、雪弥は「なるほど」とこれまた予想外の反応だと他人事のように考えた。どうやら、自分は尊敬の眼差しでも向けられているらしい。

 そのまま何も答えず常盤の後ろをついて歩きながら、雪弥は近くで夜狐が動く気配を感じて、横断歩道の中腹でちらりと視線を向けた。人混みにまぎれるようにして、白鴎学園大学部の「里久」が歩いているのが見えた。

 やあ、夜狐。

 あなたの夜狐はこちらにおります。

 二人が目をあわせたのはほんの一瞬だったが、それだけで十分だった。雪弥たちの中で無言の会話が交わされ、自然と目が離れる。


 ナンバー4が本格的に指揮に入るはずだった午後四時、潜入している夜狐の部下たちはすでに動き出していた。常に影からナンバー4をサポートする夜狐が、高校生でいる必要がなくなった雪弥についているのは当然である。

 夜狐はナンバー1の直属暗殺部隊の第四部隊隊長であり、ナンバー4直属の部下として常に行動を共に出来る権限を持っていた。マンションに戻るまでのちょっとした時間を潰すように、常盤の呼び出しに乗った雪弥の考えに反対もせず同行する。