「お前な、顔も忘れた癖に見掛けたとかいうんじゃないだろうな?」
「なんか、それっぽい人がいたんだよ」

 修一は頬を膨らませた。「確かに顔は覚えてないけどさ」と三年間週一に行われている全校集会で必ず舞台に立つ、校長であり学園理事長である尾崎を、自ら見ていないことを宣言して続ける。

「あの人、季節関係なく黒いロングコート着てんだよ。んで、いつでも高価そうな黒い杖持ってるじゃん? 生徒の顔と名前全部覚えてるみたいで、一年の頃『修一君こんばんは』って声掛けられてびっくりした」
「へぇ、そのとき見たわけだ」

 尋ねた暁也に、修一は「そう」と肯いた。

「服装か全く変わらないからさ。去年も今年の始めも見たけど、もうあのまんま」
「お金持ってるらしいからな。杖ついてロングコートって、イメージ通りだろ」
「あ~確かに、イギリス映画に出てきそうだもんなぁ。でもさ、久しぶりに早く帰れると、結構知り合いに会うもんだなぁ」

 修一は、見掛けた人物が校長であることを前提に言った。暁也は指摘する気にもなれず「そうだな」と返して歩き出す。しかし、また修一が「あ」と声を上げて立ち止まった。

 看板が見えているというのにカラオケ店との距離が縮まらない事に、暁也は小さな苛立ちを覚えて「今度はなんだ」と振り返った。次は教師か、保護者か、同級生か、と修一の横顔を怪訝そうに探る。

 修一はぽかんと口を開けて、馬鹿に見える間抜け面を晒していた。これまでの反応と大きく違っていることに気付き、暁也は自然と彼の視線の先を辿った。

 そこは、ショッピングセンターの大きな交差点だった。見慣れたブルーのブレザーが二つ、行き交う人の波から垣間見えている。


「暁也、あれ、雪弥じゃね?」


 暁也が気付くと同時に修一が言った。交差点を横断しているのは雪弥だったのだ。その前を歩く男子生徒に「誰だろ」と修一が首を傾げる隣で、暁也が瞬時に嫌悪感を露わにした。

 ブレザー越しにも分かる、貧弱な身体と癖のない長めの髪。目元を隠すように伸びた髪の間からは、日に当たっていない白い肌と濁った瞳が覗いている。

「常盤だ」

 暁也は、雪弥を先導している男子生徒の名を口にするなり、足早に歩き出した。修一が「待てよ」と慌ててあとを追う。

「なんで常盤と雪弥が一緒にいんの」

 修一が疑問をもらし、暁也は「さぁな」とぶっきらぼうに答えた。

 暁也は人の間を少々乱暴に通り抜けながら、「やばい事してそうだから近づくなって言ったのに」と愚痴る。六分後にさしかかった交差点で、しばらく歩道の赤信号が続き、いつも以上に長く感じる信号待ちに、二人の少年はそれぞれ「のんき」と「仏頂面」を構えて立ち尽くした。

 道路で普通乗用車や会社のネームを入れた車、農業のバンなどが通ったが、港からやってくる大型トラックは一台も通らなかった。