大量に買い込んだ食糧は、「三倍胃袋」と呼ばれている修一の胃にも収まらず、何気ない会話をしている間に雪弥がどんどん口に入れていったのだ。

「……マイペースにがんがん食ってたな。手も口も止まらずって具合に」

 思い出すだけで吐きそうである。暁也は、乾いた笑みを浮かべた。

 修一は「手も口も止まらずって何?」と疑問の声を上げたが、暁也が答えないと分かると、すぐに別の話題を振った。

「でも、本当、今日はすんなり抜け出せてよかったよなぁ」

 二人がこうして、明る過ぎる町中を悠々と歩けたのは、実に一週間ぶりであった。今日は矢部からの呼び出しもなく、逃げ出そうと身構えていた二人は、矢部本人かから「今日は帰っていいぞ」と告げられたのである。

「雪弥も誘えば良かったなぁ」
「気付いたらいなくなってたからな」

 答えた暁也は、少し不満そうだった。修一は「来週誘えばいっか」と話を締めくくる。

 そのとき、暁也が遠くを見やって目を細めた。

「どうした?」
「……なんか、見慣れたおっさんが通っていったような」
「知り合い?」
「親父関係の」

 暁也の父は、高知県警察本部長だった。暁也の転校と共に茉莉海市に引っ越してからは、頻繁に集まっていたメンバーも数えるほどしか金島家を訪れていない。

 場所が遠いことも原因の一つではあったが、もっぱら全員ベテランなので仕事が忙しいようだ。中には昇進した者もいるらしい。集まれるときに、県警本部の近くにある居酒屋で飲んでいることを、暁也は母伝えで聞いたことがあった。

 それでも暁也の父は、外でほとんど食事を取らず、必ず家に帰って来てから母の手料理を食べている。それは、昔からずっと変わらない習慣だった。

「まぁ似たようなおっさんって結構多いだろ」

 俺、先生だと思ってよく別の人に声掛けることあるし、と修一は鞄を持ったまま後頭部に手を回した。歩き出した彼に暁也は続いたが、次に足を止めたのは修一だった。

 修一は、こちらから人混みの奥を見つめていた。そこに見知った顔がいたように目を細め、「う~ん」と呻る。暁也は先程の修一と同様「知り合いか?」と、足を止めて声を掛けた。

「うちの校長先生って、どんな顔だっけ?」

 修一は思い出そうと頭を抱えた。その様子を横目に見る暁也の目は、冷ややかである。