「下で平圓が台所に立っていますよ」
「あ~……」

 藤村は打算して眉を潜めた。

 普段から、彼は昼前に目覚めて行動していた。しかし、今日に限っては早朝七時には起床し、久しぶりに時間のずれていない朝食を食べていたのだ。そのあとシマが冷蔵庫に入れていたチーズカマボコをつまみ、オフィスにあった煎餅もすべて胃に詰めていた。

 苛立つことが多い藤村も、のんびりとしたメンバーの中にいると大人しい。暴力が絶えず情け容赦ないほど金を巻き上げる悪人は、今空腹か否かと考え込んだ。

「……昼食の下準備してんなら、平圓の奴つまみ食いだって小言するだろう」
「今準備しているのは、夜にやる打ち上げに使う食材のチェックです。買い出しは、昼食あとに俺と平圓さん、上村(かみむら)さんの三人で行くんですよ。ピザと寿司は、シマさんが理香と買ってくるみたいなんで」

 掛須が「上村」と呼んだ男は、シマの先輩メンバーに当たる男だった。藤村同様乱暴で金に目がなかったが、非常に食い物と縁がない不運な男である。

 藤村組に入る前、腹が減ってラーメン店に入ると「ヤクザお断り」と言われて大喧嘩になり、その後警察に追われて「何か買うか」とポケットを探れば大きな穴。当時入っていた組の仕事を空腹のため失敗し、袋叩きに遭ってゴミ捨て場に置き去りにされたところを、平圓が拾ったのだ。


 家事全般に隙がない平圓は、野良猫を集めるような男であった。

 リーダーなりたてだった若い藤村が「拾ってくるな、うちにそいつを飼う余裕はねぇ、捨てて来い!」と一喝しても「お腹がすいているんよ、可哀そうに」と、少ない食糧で料理をごちそうしたのである。


 荒々しい性格の上村は、あれからというもの平圓にだけは自分から進んで「お手伝いします」とやった。掛須は藤村のスカウトだったが、あのシマも平圓が勝手に拾ってきたメンバーの一人である。

「…………そこに上村がいるんだったら、平圓も奴に相手して手がいっぱいだろ」
「いいえ。他のメンバーが寝てるんで、上村さんは一人黙々と麻雀してますよ」

 一人でか、と言葉を濁した藤村に、掛須が「そうっす」と複雑な表情で肯いた。

 上村は「一人チェス」「一人オセロ」「一人ババ抜き」をすることがあった。一匹狼の名残だと本人は格好つけていたが、家族同然につるんでいる一同にとっては「こいつ、めっちゃ寂しい男なんじゃ」と仲間想いを激しく揺らせる衝撃の光景である。

 藤村はわざとらしく咳払いを一つし、「やれやれ」といって立ち上がった。

「そういえば小腹がすいた気もするな。麻雀でもしながら、平圓の料理を待つか」
「そうっすね、確かセイジが地下にいたと思います。奴を呼びましょう」

 一番若手の元走り屋の名を口にし、掛須も立ち上がって、藤村と共にオフィスを出た。