「高校を中退したとき、残念がっていただろうが」
「ええ。ええ、確かに! でも、その後アメリカで飛び級して博士号も取らせてもらったじゃないですか! あれだけで満足ですよ!」
「アメリカのエージェントたちが、あなたを手放すのをとても惜しがっていたほどでしたわね」
「え、あの、まぁ……そうでしたね」

 突然リザが口を挟んできたので、雪弥は戦意喪失したように戸惑いがちに声量を落とした。

 英語を母国語のように話す雪弥を、アメリカのエージェントたちは「ナンバー4」と親しげに呼んで接した。アメリカは日本の特殊機関と同じく防弾タイプのスーツだったが、日本とは違う黒の光沢生地が雪弥には慣れなかった。日本のように希望者だけが着たり、通常のスーツを改良してその機能を編み込む技術が、向こうにはなかったのだ。

 雪弥はそれを思い出したところで、ふと怪訝そうな表情を浮かべて思考を中断した。溜息を一つく彼の向かいに座っていた上司が、優秀な秘書の働きにどこか満足げな雰囲気を漂わせている。

「リザさんを使って、話しをそらさせないでくださいよ」
「そらした覚えはないぞ。リザが勝手に喋っただけだ」

 ナンバー1は何食わぬ顔で答え、口から煙を吐き出した。

 一般人よりも口が大きなせいか、そこからそのまま吐き出される煙の量は半端ではない。雪弥はたまらず、手に持った書類でその煙を払った。それを、少し可笑しそうにリザが見つめている。

「とにかく、僕に高校生役なんて不可能ですからね。話についていけないどころか、それ以前の問題で怪しまれます」
「あら、それは大丈夫なはずですよ、ナンバー4」
「……リザさん、どこからそんな自信が出てくるんですか?」

 吐息交じりに言う雪弥の言葉も聞こえていないように、リザは涼しい顔で彼が持っている書類をそっと手に取った。

「この前連絡があった、進学校で覚せい剤が出回っている件ですね」
「少し気になる所があってな。うちが担当する事にした。関わっている数は不明だが、学生を含めた全ての関係者を摘発して一掃する」

 ナンバー1は葉巻を咥えたまま、苦々しげに顔を歪めた。その様子を見て「何かあるんですね?」と確認した雪弥に低く肯き、口から葉巻を離して煙を吐き出す。

「最近、東京で妙な事件が多発しているのを知っているか。筋肉や骨格がいびつに発達した死体が出ている。死因は薬物によるものだが、どうもこれまでの物とは違っているらしい」

 そんな事件あったかな、と雪弥は覚えがない事を表情で伝えた。それを見て取ったナンバー1が、話の続きを語った。

「麻薬常用者を取り締まろうとした県警が、やむなく発砲したという件がここ一カ月で四件あった。薬をやっている人間は精神不安定に陥るが、彼らが遭遇した輩は異常だったらしい。突然禁断症状が出たように薬を呑み干し、発狂したように暴れまわって大騒ぎになったようだ」
「新しいタイプの物って事ですか?」

 雪弥は彼が気にしているらしい点を推測して、ついそう尋ねた。