雪弥は指をバキリと鳴らすと、強靭な脚力で弾丸のように前方へと飛んだ。化け物の足が一つの生物のように伸びてその爪が迫って来たが、躊躇せず突っ込みながらそれを僅かな差で避け、まずは化け物の腹部を普段の遠慮も飛ばして荒々しく蹴り上げる。

 戦車をも破壊する強靭な一撃に、化け物の腹部が大きく凹んで筋肉や内臓の一部が潰れた。強靭な骨が砕かれて、周辺の骨もダメージを受けたように軋む手応えが、蹴り上げた際の足から伝わってきた。

 怪物のような口からゼラチン状の赤い液体を吐き出す標的に対し、雪弥はすぐさま足を組みかえ、休むことなく第二派を放った。

 身構える暇もなかった化け物の巨体が、マンションへと吹き飛ばされて重々しい衝撃音を轟かせた。雪弥はそれを凝視したまま、本能的に止めを刺そうと地面を蹴った。化け物の首を切断するために構えられた右手の爪が、鋭利さと長さを増し――


 サイレンサー付きの銃砲が鼓膜に触れた瞬間、雪弥は反射的に踏みとどまって弾丸を避けていた。咄嗟に痙攣を起こす化け物から距離を取り、安全な位置まで後退したところで、攻撃を受けた場所へ目を走らせる。


 そこには先程の黒ベンツがあり、開いた窓の隙間から小さく覗く銃口が見えた。

「想像以上だ! 実にすばらしい! プレゼントとして殺させてあげたいのは山々だが、彼がいないと『近道』が使えなくてね」

 雪弥はわずかに乱れた呼吸を整え、銃口が隠れた後部座席に向けていた目を冷ややかに細めた。

 すると、ベンツの後部座席の奥から二人の男が言葉もなく現れ、マンションの壁にめり込んでいる化け物の回収を始めた。彼らは顔を隠すようにサングラスをしていたが、緊張するように強張った頬や口許から、化け物が両腕を失い意識を失っているという状況に対して、強く動揺しているような印象も受けた。

「今度、二、三体殺させてあげようか。物足りないだろう?」
「結構です。僕はあくまで平凡なんです。あなた方の都合に巻き込まないでいただきたい」