昨日、スピーカー越しに聞こえた声が聞こえた。

 雪弥は、露骨にげんなりとした表情を作った。夜蜘羅と呼ばれていた男は、姿を窓ガラスの黒いフィルターに隠しながら「実物で見ると本当に若いな」といって、少し驚かされたとばかりにこう言葉を続けた。

「そもそも君、まだ子供じゃないか」
「……はぁ、見ての通り高校生ですよ」
「その割には、昨日はひどく手慣れた様子だったけれどねぇ」

 まぁ映像の画質も良くはなかったし、いいか、と夜蜘羅は興味もなく話を区切った。雪弥は「昨日の連中と関わりがある人ですか」と警戒して睨みつける。

 すると、車内で夜蜘羅が肩をすくめるような気配を上げた。

「まさか、濡れ衣だよ。私はもう少しで犯罪に巻き込まれるところだったんだ」

 上辺だけの言葉だったが、雪弥はへたにこちらの情報を与えたくなくて、それについては追及しない事にした。深く突っ込んで尋ねれば、怪しまれるのは目に見えている。

 折角うまく騙されてくれているようなので、高校生という設定でいこうと決めて、ひとまず怪訝そうに顔を持ち上げて「で、なんか用ですか」と尋ねてみた。すると、夜蜘羅が「少し話しがしたくてね」と言う。

 雪弥は、彼が蒼緋蔵の名を口にしていたことを思って、「こっちだって濡れ衣ですよ」と先手を打つべく投げやりに言葉を吐き出した。

「僕の父親は、確かに蒼緋蔵家の者ですけど、愛人の子なんで縁がないんです。あなたが言っていた副当主とかなんとかの件についても、僕は無関係ですよ。子として認知されたのも、本家に関わる権力がないこと前提の話でしたから。というか、蒼緋蔵家からお呼ばれするような事態になろうと、こちらは断固拒否の姿勢です。そもそも、僕十八歳未満ですし」

 苛立ちから一気に言葉を捲くし立て、雪弥は唇をへの字に曲げて彼を思いっきり睨みつけた。

 当主や副当主などを含めた蒼緋蔵家の地位については、二十歳を越えた者であることが条件とされていた。それを夜蜘羅が知っている可能性があると踏んで、ひとまず未成年である事をアピールした。

 夜蜘羅と蒼緋蔵家が、どういう関係にあるかは知りたくもないが、こっちはとんだとばっちりである。来月行われる蒼緋蔵家の当主交代が決まった矢先、突拍子もない蒼慶の発言に巻き込まれかけているのだ。まったく勘弁してほしいと思う。

 しばらく間を置いた後、夜蜘羅が長い息をついた。

「なるほど、話は分かったよ。でも、私は蒼緋蔵の特殊筋である『番犬』が、ただの副当主になり下がろうと構わないんだ。『番犬』として資格を持っているらしい君に、個人的に興味を抱いていてね」
「は。番犬? 父さんは犬を飼ってませんし、そんな話は聞いたこともないですけど。あなたが何を言っているのかさっぱり――」
「ひとまず、我が家の特殊筋から生まれた『働き蜘蛛』と手合わせしてくれないかな」

 夜蜘羅が唐突にそう告げて、こちらの言葉を遮った。

 なんだか嫌な予感が的中したような台詞だと感じて、雪弥は思わず頬を引き攣らせて「はい?」と聞き返していた。