「ほっとけ、そのうち出てくるだろ」

 別の男がいって、藤村たちが麻雀台へと向き直る。しかし、平圓だけが振り返ったままベッドの膨らみを見つめていた。頭髪が薄い男が「閉じてるみてぇな眼で、見えているのかも怪しいよな」と仲間たちに目配せし、そのうちの一人が「寝てる時も同じ目してんだぜ」といつもの相槌を打つ。

 そんな仲間内のやりとりも聞こえない様子で、平圓がなよなよと身をよじって続けて「常盤」と声を掛けた。

「腹下したんか? だから昨日、残り物のハンバーグには手を出すなって忠告したやんけ」
「下してないしちゃんと温めたし」

 トイレに結び付くような誤解だけはさせるかと、常盤はすぐに強く言い返した。

 噛み付くような言い方だったが、何を勘違いしたのか平圓が「安心したわぁ」と言い、「腹が減ったら言いなぁ」と気が抜けそうな独特の鈍りで告げて麻雀に戻った。常盤は「帰ったら家の夕飯食わなきゃいけないから、いい」と珍しく一呼吸で言いきって口をつぐんだ。


 常盤は先程、旧帆堀町会所で白鴎学園の高校生が、見たこともない他所(よそ)の組の男たちを惨殺する光景を見ていた。あの建物内部を覗きこんですぐ、目の前で首が引きちぎられて真っ赤な潜血が噴き出したのだ。続いて男の顔面が銃弾で潰れたとき、常盤は耐えきれず、その場から逃げだしたのである。

 走りながら汗を拭ったとき、常盤は自分の顔に、血飛沫が掛かっていることに気付いた。全身が熱に震えて、途中何度も足をもつらせて転びそうになった。


 現場を覗きこんでいた短い時間だけで、常盤はぞっとする悪意と殺気を放った少年に心奪われた。ベッドに潜り込んでからずっと、彼の脳裏では、何度も生で見た殺しの光景が流れている。

 震えは止まっても、その映像を思い出すだけで武者震いが走った。恐怖に歪みそうになる顔に浮かぶのは、引き攣った最高の笑みであった。彼は今、人生で初めて強い歓喜に心が打ち震えるのを感じていた。

 常盤は冷静さを取り戻そうと、ベッドの中で深呼吸を繰り返すものの、自分でも驚くほど高揚してにやつく笑みが堪え切れない。

 パートナーとなれる最高の人間を見つけたのだ。

 最高だ、最高だ、最高だ!

 常盤は興奮し総毛立った。残虐な行為を楽しむかのような少年の姿を、彼はあの一瞬で脳裏に刻みつけていた。