これまで、こんなに走った事はないというくらいに駆けた。高級車BMW5シリーズを一台、車道から斜めに停められている黒色アルフォードのバンを一台、それらを無我夢中で追い越した。

 全力疾走だった。

 ドキドキと鼓動する心臓は、今にも破裂しそうだ。

 常盤は興奮収まらぬまま走り続け、一直線に藤村組事務所に飛び込むと、二階の簡易ベッドの毛布にくるまって、落ち着かない様子で身体を揺すった。

 総人数八人の藤村組は、茉莉海市の港から二百メートルの距離に事務所を構えていた。農地に隣接した老朽化が目立つ旧商業地にあり、運営しているのも怪しいほど外観が古く錆びれている、解体された廃車が広い敷地内に積み上げられている中古車販売会社や、大型トラックが並ぶ物流会社も近くにはあった。

 九畳という狭い敷地に建てられた三階建ての鉄筋建築物が、現在の藤村組の事務所だ。車庫兼作業場となっている一階は、常にシャッターが降ろされている。建物の裏手には外付けされた鉄階段があり、外から直接二階、三階に出入り可能な鉄扉も付いていた。

 三階は応接間兼オフィスとなっており、そこは今年四十八を迎える藤村悳義の部屋だ。彼は、剃り上がった頭をした巨体の男であった。

 リーダーである彼は今、常盤が駆け込んだ簡易ベッドのある二階の共同部屋にいた。

 部屋の中央には麻雀の台が置かれ、こじんまりとしたキッチンにはスペースを取る冷蔵庫が佇んでいる。四方を古びたソファが囲み、例の簡易ベッドが一つだけ横付けにされているのだ。


 シマと理香が車で町へと出かけ、車庫には趣味のバイクをいじるメンバーが三人いた。二階の部屋には、リーダー藤村を含む残りの四人がいて麻雀を楽しんでいたのだが、先程から集中力が若干欠けてしまっている。


 というのも、どこか慌ただしく飛び込んできた常盤が気にかかり、さっきからチラチラと大人たちが目をやっている状況だったからだ。

「おい、どうした? 腹でも痛いんか?」

 常盤がベッドの毛布に身を潜めて十五分が経った頃、狐目のひょろりとした男が、飛び出た歯を覗かせながら声を掛けた。

 時刻は、もう午後五時を回っていた。ベッドの膨らみが落ち着きなく揺れているにもかかわらず、黙り続けているという常盤の様子に痺れを切らしたその男は、常盤が「間抜けな声」と評する平圓(ひらみつ)だった。

 平圓は恐ろしいほど体力がなく、風邪や感染症によく苦しむ男だった。しかし、手先が器用で藤村組の家事を切り盛りする古株であり、藤村組では一番目の人員でもある。


 茉莉海市に移ってきた当初、藤村組は金に困っていた。大きな詐欺も働けず、貯金が半分を切ったとき尾賀から儲け話を受けた。

 六月にまとまった金が入ると分かり、車庫を部屋として改装したのは先月のことである。取引が成功したあとには、立派な事務所を作る計画も立てていた。


 四人の気持ちを代表したように問い掛けた平圓の呼びかけを聞いて、藤村たちは、麻雀の手を止めて耳を澄ませた。しかし、常盤は被ったシーツの中で身体を揺するのをやめただけで、何も答えない。