分かってますよ、と雪弥は唇を尖らせた。ナンバー1が「その通りだ」と述べながら、含みのある笑みを浮かべて葉巻を口に咥える。
彼の口から豪快に吐き出された煙を怪訝そうに眺め、肺に入れもしないのに何が楽しいんだろうな、と喫煙習慣のない雪弥はそう思いながら、机から書類を取り上げて煙を散らせるような仕草をした。「仕事の書類を団扇(うちわ)にするんじゃない」といった上司の言葉も聞かず、その書類を自分の前に持ってきて再び目を通す。
「言いたい事は分かりますがね、これくらいの内容だったら、僕が動くまでもないじゃないですか。力試しとか経験を積むためだとか理由をつけて、若いのにさせたらいいんだ」
雪弥がそう言った時、後ろで小さな笑い声が上がった。
そこにはナンバー1専属の美しい女性秘書がいて、湯気が立つ珈琲を持ってやってくるのが見えた。女エージェントの中で最も優秀だといわれる彼女は、その腕を買われてナンバー十八の地位にあった。帰国してからは現場には入らず、常にナンバー1の秘書として活動している。
日本人離れの妖艶な美貌に、整った身体のラインを強調するミニスカートスーツの赤が映える。一見すると歳は三十代半ばだが、実際年齢を知っているのは上司であるナンバー1だけだ。
艶のある黒い長髪を後ろで一つにまとめ、赤いスーツから大胆に覗く素肌は真珠のように滑らかで白い。大きく開いた胸元からは、裕福な胸の谷間が覗き、優雅に床を踏み進む長い両足は、しっかりと筋肉がついているにも関わらずしなやかである。
ナンバー十八は、秘書に就く前は海外勤務が多かった。潜入捜査を得意とし、最も多くの偽名を持っているエージェントとして有名だった。ずば抜けた記憶力で何十人もの人間になりすまし、ナンバー1の秘書に落ち着いてからは「リザ」という名を使っている。
リザは雪弥の横を通り過ぎると、ナンバー1の前に珈琲カップを置いた。その少しの動作も、指先までの上品さを物語る。しなやかに伸びた肢体に目を奪われない男はいなかったが、対する雪弥は特に変わらずといった様子だった。彼は一人の男として女性を見た事がなく、それに関する興味も感心も持ってはいなかったからだ。
ナンバー1はリザに目を向ける事もなく、真っ直ぐ雪弥を捕えていた。
「なんですか」
ぶっきらぼうに言葉を発した雪弥に、彼は考え事をするように沈黙を置く。
置机に乗せていた手を肘掛けに移動し、ナンバー1は探るような瞳で雪弥を見つめながら、二度ほど葉巻を口にした。
「高校生に戻れるんだ。嬉しいだろう?」
長い沈黙の後、ナンバー1が恐ろしいほどの真顔で、まるで「そうじゃないのか」と確信を持って断言するようなニュアンスでそう発言した。その目は真剣そのもので、口には葉巻を咥えたままである。
瞬間、雪弥は思わず身を乗り出して反論した。
「んなわけないでしょう!」
馬鹿かあんたは、とあきらかに告げるような顔で「どこでどうその結論に至ったんですかッ」と言う。ナンバー1は疑問系に鼻を鳴らし、葉巻の先をくゆらしながら顔を顰めた。
彼の口から豪快に吐き出された煙を怪訝そうに眺め、肺に入れもしないのに何が楽しいんだろうな、と喫煙習慣のない雪弥はそう思いながら、机から書類を取り上げて煙を散らせるような仕草をした。「仕事の書類を団扇(うちわ)にするんじゃない」といった上司の言葉も聞かず、その書類を自分の前に持ってきて再び目を通す。
「言いたい事は分かりますがね、これくらいの内容だったら、僕が動くまでもないじゃないですか。力試しとか経験を積むためだとか理由をつけて、若いのにさせたらいいんだ」
雪弥がそう言った時、後ろで小さな笑い声が上がった。
そこにはナンバー1専属の美しい女性秘書がいて、湯気が立つ珈琲を持ってやってくるのが見えた。女エージェントの中で最も優秀だといわれる彼女は、その腕を買われてナンバー十八の地位にあった。帰国してからは現場には入らず、常にナンバー1の秘書として活動している。
日本人離れの妖艶な美貌に、整った身体のラインを強調するミニスカートスーツの赤が映える。一見すると歳は三十代半ばだが、実際年齢を知っているのは上司であるナンバー1だけだ。
艶のある黒い長髪を後ろで一つにまとめ、赤いスーツから大胆に覗く素肌は真珠のように滑らかで白い。大きく開いた胸元からは、裕福な胸の谷間が覗き、優雅に床を踏み進む長い両足は、しっかりと筋肉がついているにも関わらずしなやかである。
ナンバー十八は、秘書に就く前は海外勤務が多かった。潜入捜査を得意とし、最も多くの偽名を持っているエージェントとして有名だった。ずば抜けた記憶力で何十人もの人間になりすまし、ナンバー1の秘書に落ち着いてからは「リザ」という名を使っている。
リザは雪弥の横を通り過ぎると、ナンバー1の前に珈琲カップを置いた。その少しの動作も、指先までの上品さを物語る。しなやかに伸びた肢体に目を奪われない男はいなかったが、対する雪弥は特に変わらずといった様子だった。彼は一人の男として女性を見た事がなく、それに関する興味も感心も持ってはいなかったからだ。
ナンバー1はリザに目を向ける事もなく、真っ直ぐ雪弥を捕えていた。
「なんですか」
ぶっきらぼうに言葉を発した雪弥に、彼は考え事をするように沈黙を置く。
置机に乗せていた手を肘掛けに移動し、ナンバー1は探るような瞳で雪弥を見つめながら、二度ほど葉巻を口にした。
「高校生に戻れるんだ。嬉しいだろう?」
長い沈黙の後、ナンバー1が恐ろしいほどの真顔で、まるで「そうじゃないのか」と確信を持って断言するようなニュアンスでそう発言した。その目は真剣そのもので、口には葉巻を咥えたままである。
瞬間、雪弥は思わず身を乗り出して反論した。
「んなわけないでしょう!」
馬鹿かあんたは、とあきらかに告げるような顔で「どこでどうその結論に至ったんですかッ」と言う。ナンバー1は疑問系に鼻を鳴らし、葉巻の先をくゆらしながら顔を顰めた。