彼がぐっと身体に力を入れた。これだけは伝えなければというように、力の入らなくなった瞼を震わせながら、雪弥を真っ直ぐ見つめ返した。

「俺……あのとき、お前を殺したくて……だから、銃を」

 途切れ途切れに言葉が続いた。だから先程、殺したくないと彼が告げたのだと理解して、雪弥は「あんなの、すぐに避けられますよ」と彼の気持ちを解すように冗談を言った。けれど、その笑みはぎこちなく歪んでいた。

 すると、鴨津原が「違うんだ、そんな顔しないでくれ」と言った。

 俺は今、俺が死ぬことに安心してんだ、と虫の息で囁く。

 鴨津原の瞳から、すぅっと光が消えていった。彼は真っ暗闇で雪弥を探すように、その瞳孔を少し揺らせたが「これで、よかったんだ」と、そう吐息交じりに言葉を吐き出したかと思うと、抗う事をやめたかのようにゆっくりと目を閉じた。

「……俺、これ以上殺さないでいいんだなぁ…………」

 そう言い残した鴨津原の身体から、ふっと力が抜けた。閉じた瞳から静かに涙がこぼれ落ちて、最後の一呼吸分が口元から抜けていったあと、彼が再び息を吸うことはなかった。

 場違いとも思える穏やかな死に顔をした鴨津原の頭を、雪弥は曲げた膝の上に置いたまま、ゆっくりと視線を持ち上げた。二階には、無残にも殴り殺された二つの死体が横たわっていた。

 雪弥は、血が付いた手で携帯電話を取り出し、それを耳に当てて頭上を仰いだ。

「……こちらナンバー4、現在、旧帆堀町会所。処理班を回して下さい」


 電話の向こうにいるナンバー1が、かすれるような沈んだ声色と、背景の静寂からじりじりと後退するような男たちのみじろぎを聞いて、状況を察したように沈黙した。


 雪弥はぼんやりと、色もわからない天上を眺めて言葉を続けた。

「…………すみません、ナンバー1。聞き出す前に榎林を殺してしまいました。他にも部下らしき男たちが残っていますが、全て処分させてください」
『話を聞かなくていいのか』
「いりません。今事件に関わった容疑者、ブルードリーム使用者すべての抹殺処分を求めます」
『……そうか、先程、こちらでも同じ決定が下った』

 雪弥はナンバー1の声を耳にしながら、「ナンバー1、頼みがあります」と言った。

 黒いコンタクトレンズのフィルター越しに、その碧眼が淡く輝いて正面を見据える。ナンバー1は『なんだ』と声を潜めたが、その問いに対する答えを知っているように言葉を切った。


「ナンバー4として、僕が現場の指揮を執ります。明日二十三時白鴎学園を完全封鎖。集まった事件関係者を一掃します」


 止まっていた風が室内を吹き抜けるのを感じながら、雪弥は静かな声色でそう述べ、ここに残っている男たちを殺すべく携帯電話をしまった。