一同がピタリと動きを止めた一階に、殴りつける音が響き渡っていた。十秒後には血が交じり打つものに変わって、複数の人間が動き回るような気配もないまま、鴨津原青年のくぐもる呻きだけが下へと響いてくる。


 ふっと、前触れもなく暴力的な音が止んだ。

 二階からは、嗚咽する一人分の気配しか感じなくなった。幽霊屋敷といわれてもおかしくない不気味な空気が、嫌な生温さを孕んで一階へと降りてくる。

 階段の三段目と四段目に足を置いていた雪弥は、一呼吸置いて、呼び掛けた。

「鴨津原さん……?」

 すると、大人とも少年ともつかない泣き声が小さくなり、ひどい嗚咽が鼻をすする音に変わった。ごとり、と重々しい物を拾い上げる振動音を察して、柿下が警戒したように身構え、佐々木原がゆっくりとサングラスを取って銃を構え直す。

 二階から、靴底が鈍くコンクリートを擦る音が上がった。

「俺、やっぱり変だ」

 そう鼻にかかる囁きが降りてきたとき、階段の上部にゆらりと姿を現した鴨津原は、肩を落として俯いていた。短髪の下から覗く横顔や、白のタンクトップは浴びたばかりの返り血に染まり、黒い銃を持った手には大量の血液が付着している。

 どうして、そう口を開きかけたが、声が出てこなかった。

 ああ、二人の男を殴り殺したのかと、雪弥も理解してはいた。

 鴨津原が、ふっと顔を上げてこちらを見つめ返してきた。人の気配や呼吸音すら途絶えてしまった階上の静けさを背景に、その泣き顔に引き攣るような笑みを浮かべて、彼の右手の銃がゆっくりと雪弥たちに向けられた。

 彼が片手で構える銃は、銃口が定まらないほどぶるぶると震えていた。

「俺、誰も傷つけたくねぇのに、殺したくてたまんねぇんだ」

 不安定な声色が途絶えた直後、鴨津原の顔がくしゃりと歪んだ。「助けて」とその口が言い掛けたとき、不意に彼の身体が痙攣するように跳ね上がった。

 左手で反射的に口を覆った鴨津原は、そのまま嘔吐するように赤い液体を吐き出した。大量のどす黒い血液がコンクリートへ叩きつけられ、赤い血飛沫を広げながらゆっくりと階段を下る。

 雪弥は一瞬、榎林や佐々木原、柿下と同様に動くことを忘れていた。

 ひどい夢を見ているんじゃないか、と瞬きも忘れてその光景に見入っているしかなかった。

 鴨津原が背を折り曲げて二、三度地面へと吐き出した鮮血は、まるでバケツをひっくり返したような重量感だった。数秒ほどの時間が長さを増し、ゆらりと身体をふらつかせた彼の動きもひどく鈍いように感じてしまう。

 再び顔を上げた鴨津原が、口元を赤く染めながら苦痛の表情で雪弥を見た。涙と吐血は止まらず、彼が言葉を紡ぐために開かれた口からは、またしてもねっとりとした赤が溢れる。


「…………雪弥、俺、誰も殺したくない……」