「お前、本当に何者だ? 倉市(くらいち)さんたちを一瞬で――」
「薬と俺たちのことを知っていた口ぶりだな、理由を聞かせてもらおうか」

 冷静を装った佐々木原が、柿下の言葉を遮るように発言した。

 鴨津原が自身で銃弾を避けることが難しいことを考えていた雪弥は、「先輩想いの、ただの高校生ですよ」と返しながら、残った人間に目を走らせた。サングラスの男、銃を向ける男……そして榎林に改めて目を向けたようやく、彼が異様に怯えている様子に気付いた。

 榎林が黄色い歯を覗かせて、わなわなと口を開いた。


「……秀でた身体能力、天性の戦闘本能…………お前、特殊筋の者か!」


 聞き慣れない言葉を浴びせられ、雪弥は眉を潜めた。

「僕が聞きたいのは、レッドドリームとあなたたちの目的であって」

 思わず本音でそう続ける雪弥の言葉も聞かず、榎林が「名字は何だ」と鋭く尋ねてきた。

 榎林の意図が分からず、雪弥は探るように彼を見つめ返して「本田ですよ」とぶっきらぼうに思い付くま答えた。すると榎林は「嘘だ!」と過剰に憤り、「特殊筋に本田という名字はない!」と雪弥が知らないことを叫んだ。

「表の奴らがもう嗅ぎ付けたのかッ? 世界対戦が終わってからはろくに機能していなかったはずだろう!」
『落ちつきたまえ、榎林君。一概に決めつけるのは良くない』

 機械音を耳にしたところで、雪弥は初めてスピーカーの存在に気付いた。大男が吐き出すような低音は低く鼓膜を叩き、ナンバー1よりも澄んだ声色に、嫌な響きを覚えて身構える。

 榎林は「夜蜘羅さん」とうろたえ、緑のランプを小さく灯すビデオカメラを振り返った。

「夜蜘羅さん、しかしッ――」
『楽しいものが見られそうじゃないか。実に興味深いよ』

 そのとき、鴨津原の泣き声交じりの悲鳴が聞こえて、雪弥と柿下はほぼ同時に二階上部へと目を向けた。

 階段には、鴨津原と、彼を連れて来いと命令された二人の男の姿はなかった。どうやら彼は怯えるまま二階の奥へと逃げてしまい、それを二人の男も追ったようだ。

 男たちは、鴨津原を引っ張り出そうとでもしているらしい。「撃たないからって手を出さないわけじゃねぇんだぜ」と苛立った声が聞こえたかと思うと、拳が肉体を叩く音とともに、鴨津原の苦痛の声がこちらまで届いた。

 おいおい、ここにきて殴る必要があるのか? 

 先程の怯えきった様子の鴨津原を思い出す限り、恐らくもう精神面は子供ほどにも抵抗力がない気がする。耳をすませると「嫌だ」「行きたくない」と、どこか語彙力のつたない彼の悲鳴混じりの声も聞こえた。

「鴨津原さ――」
「おっと、動くなよ!」

 そんなに離れていない距離から銃を構える音が聞こえて、雪弥は、行動を邪魔された事に強い殺意を覚えた。

 柿下を瞬殺して二階へ行こう。そう思って右手を構えようとしたが――不意に、その思考が止まった。同じく異変に気付いた柿下が、にやにやと浮かんでいた笑みを引っ込めて、訝った表情を階段上へと目を向ける。

 鴨津原の「嫌だ」と続くみっともない子供みたいな悲鳴を、心地よさそうに聞いていた佐々木原も、ふっと笑みを消して一歩前に踏み出した。どうした、と目配せする榎林を見ず、彼は階段上を凝視したまま警戒したように神経を研ぎ澄ませる。