だらしなく着こなしたその男たちは、佐々木原の部下である。三十代後半のその面々は、彼が組頭となった頃からのメンバーであり、佐々木原にとって信頼のおける仲間だ。今回は秘密裏に動くこともあり、特に口が硬い人員を選んでいた。

『聞こえているよ。ああ、でもこちらの方で少し調整が必要みたいだ』

 スピーカーから野太い声が上がり、ぷつりと途切れた。

 上の階からようやく物音が聞こえてくると、そちらを見つめながら榎林が囁いた。

「佐々木原、明美の口止めは出来たんだろうな?」
「明日の取引まで、他言しないようにと伝えましたよ」

 社内の様子とは違い、答える佐々木原の顔には殺気を張りつかせた笑みが浮かんでいた。長い鼻筋の下で大きな唇が引き伸び、悪意に歪んだ目を隠すように、黒いサングラスがかけられている。

 榎林は夜蜘羅から、李にはすでにこの件を伝えてあると聞かされていた。取引に使う大学生を富川たちは把握していたので、後でこの件は自身の口から尾賀にも伝えておくと夜蜘羅は語った。

 富川たちは、ブロッドクロスで進む「強化兵」の計画を知らない。尾賀がそれらしい言い訳を伝えるだろう、と榎林は彼任せにする事に決めた。何せ闇取引こそが、尾賀の本来の領分だからである。


 尾賀はもともと、榎林がブロッドクロスに迎え入れられた際に紹介された人物だった。東京に根を降ろす大手闇グループの一つであり、その正体を巧妙に隠すほどの力を持っている。資金調達の目的もあってついでとばかりに闇金業者もやっていたが、会社経営に関しては弱い部分があった。

 そこで、経営に関してはずる賢く一流である榎林が、尾賀の表上の立場と資金繰りを引っ張る形で「丸咲金融第一支店」という名ばかりの子会社が誕生したのである。

 それはブロッドクロス側が推薦し組ませたものだったが、尾賀は闇活動を、表にもパイプを沢山持った榎林がそれを補いつつ経営をみるという、互いの利害が一致した結果でもあった。


『李が作り直した薬は、私たちが持っている物より質が良さそうだろう? レッドドリームによる『進化』にも耐えられるんじゃないかな、と思ってね』

 今回の急な『お願い』は、新しいタイプのブルードリームを摂取した人間にレッドドリームを試したことがないから見てみたい、というものだった。夜蜘羅が成果を見る前に、期待できるんじゃないかな、と褒めることも珍しい。

 しかし、榎林はその疑問を認識する前に、『そのまま実験の二段階目に突入出来そうだね』といった言葉を聞いて目が眩んだ。ここで成果を見せることが出来れば、ブロッドクロスで進む「強化兵」計画の第一人者の一人になれるのではないかと欲深く考えた。

 ブロッドクロスの特殊筋が欲しているのは、殺意を持った新しい駒である。彼らが抱える、人智を越えた能力と素質を持った人材は稀だ。人間を理想の殺人兵器に改造し、少しでも特殊筋が抱える人間と近い戦士を、意図的に量産出来るようになるのが「強化兵」の目指す理想の形だった。