初めて暁也を見たとき、体力と喧嘩に優れ、リーダーに信頼を寄せる悪党になれるだろうと常盤は思った。しかし、暁也は群れることを嫌い、編入当日の喧嘩以来大きな問題も起こさなかった。
学校生活に問題があることは不良らしかったが、学年主席の常盤に二点差の成績を叩きだしていた。しばらく彼を観察した結果、正義感と真っ直ぐな根を持っていると気付いた時の常盤の失望感は大きかった。
一匹狼の不良みたいである癖に、暁也には迷いがないのだと分かった。
彼は自分の中に、確立した正義を持っている少年だったのだ。
昨年町で見掛けた際、信号もない横断歩道をのろのろと歩く老婆が、数組の自動車に迷惑がられている光景に遭遇した事がある。そこに一台のバイクが通りかかって近くで停まり、車のクラクションを鳴らす大人たちを叱り付けて老婆の荷物運びを手伝った。それが、当時高校二年生だった暁也だった。
三学年に上がってからしばらく距離を置いたせいか、常盤は今の暁也を見つめていても、ひどい苛立ちを感じないことに気付いた。
ただ意味のなく騒いではしゃぐような、ガキみたいな馬鹿よりはマシか……。
そう、らしくないことを考えて歩き出したとき、数学教師の矢部と共に、暁也を追って修一が教室から廊下へと出てくるのが見えた。
勉強は出来ないが運動神経抜群で仲間想いの比嘉修一は、常盤の理想とする手下像に近いものを持っていた。信頼と絆を大切にし、考えることをすべてリーダーに任せて、指示に従いそうな人間になりうる可能性がある人材だ。
しかし、彼は落ち込んでいる生徒の話を、飽きずに延々と聞くほどのお人好しなので、悪党になるのは難しいことを常盤は悟っていた。それでも、裏表ない修一は嫌いではなかった。
廊下に出た暁也が、修一のそばにいる担任教師を見て「うげっ」と言い、げんなりとした表情をする。
「今日もかよ、あんたもいちいちしつこいなぁ」
「暁也君が逃げるから……」
四組の担任は、数学教師をしている矢部だ。彼は、校内でも有名なほど口ごもった話し方をする。数学の授業があるたび、常盤はさぼりたくなる衝動を堪えた。つい「矢部先生の声どうにかなんないの」と、彼と面識がない大学の富川学長にもらす事もあった。
そんな矢部と、暁也と修一の組み合わせを前に、常盤は冷静を装いゆっくりと歩いた。片足をかばうようにせかせかと進む矢部に対して、渋々付き合う事にした暁也の隣で、修一が「俺、特に希望する大学も職業もないんだよ先生」と告げる。
矢部は普段は少々背を丸めているものの、歩くときは背筋がぴんと伸びた。長身を誇張するように歩けばいいのに、と小柄な常盤は羨ましく思ってしまう。自分は長身で、威圧感を持った悪党になりたいのだ。
会話を始めた三人組を、常盤は歩調を上げて追い越した。途中暁也が怪訝そうな顔を向けてきたが、彼は気付かない振りで通り過ぎた。そのとき――
「僕は真っ直ぐ帰るから、二人とも頑張ってね」
やけに澄んだ声色を耳にして、常盤は足を止めかけた。しかしすぐに、「ちぇッ、他人事にのんきかましやがってよ」と暁也の声を聞いて先を急ぐ。
学校生活に問題があることは不良らしかったが、学年主席の常盤に二点差の成績を叩きだしていた。しばらく彼を観察した結果、正義感と真っ直ぐな根を持っていると気付いた時の常盤の失望感は大きかった。
一匹狼の不良みたいである癖に、暁也には迷いがないのだと分かった。
彼は自分の中に、確立した正義を持っている少年だったのだ。
昨年町で見掛けた際、信号もない横断歩道をのろのろと歩く老婆が、数組の自動車に迷惑がられている光景に遭遇した事がある。そこに一台のバイクが通りかかって近くで停まり、車のクラクションを鳴らす大人たちを叱り付けて老婆の荷物運びを手伝った。それが、当時高校二年生だった暁也だった。
三学年に上がってからしばらく距離を置いたせいか、常盤は今の暁也を見つめていても、ひどい苛立ちを感じないことに気付いた。
ただ意味のなく騒いではしゃぐような、ガキみたいな馬鹿よりはマシか……。
そう、らしくないことを考えて歩き出したとき、数学教師の矢部と共に、暁也を追って修一が教室から廊下へと出てくるのが見えた。
勉強は出来ないが運動神経抜群で仲間想いの比嘉修一は、常盤の理想とする手下像に近いものを持っていた。信頼と絆を大切にし、考えることをすべてリーダーに任せて、指示に従いそうな人間になりうる可能性がある人材だ。
しかし、彼は落ち込んでいる生徒の話を、飽きずに延々と聞くほどのお人好しなので、悪党になるのは難しいことを常盤は悟っていた。それでも、裏表ない修一は嫌いではなかった。
廊下に出た暁也が、修一のそばにいる担任教師を見て「うげっ」と言い、げんなりとした表情をする。
「今日もかよ、あんたもいちいちしつこいなぁ」
「暁也君が逃げるから……」
四組の担任は、数学教師をしている矢部だ。彼は、校内でも有名なほど口ごもった話し方をする。数学の授業があるたび、常盤はさぼりたくなる衝動を堪えた。つい「矢部先生の声どうにかなんないの」と、彼と面識がない大学の富川学長にもらす事もあった。
そんな矢部と、暁也と修一の組み合わせを前に、常盤は冷静を装いゆっくりと歩いた。片足をかばうようにせかせかと進む矢部に対して、渋々付き合う事にした暁也の隣で、修一が「俺、特に希望する大学も職業もないんだよ先生」と告げる。
矢部は普段は少々背を丸めているものの、歩くときは背筋がぴんと伸びた。長身を誇張するように歩けばいいのに、と小柄な常盤は羨ましく思ってしまう。自分は長身で、威圧感を持った悪党になりたいのだ。
会話を始めた三人組を、常盤は歩調を上げて追い越した。途中暁也が怪訝そうな顔を向けてきたが、彼は気付かない振りで通り過ぎた。そのとき――
「僕は真っ直ぐ帰るから、二人とも頑張ってね」
やけに澄んだ声色を耳にして、常盤は足を止めかけた。しかしすぐに、「ちぇッ、他人事にのんきかましやがってよ」と暁也の声を聞いて先を急ぐ。