「薬が切れると身体中が痛くなって、頭がおかしくなりそうになった。薬が効いてる間は気持ちいいだけだったのに、最近は変なんだ。苛々してるわけでもないないのに、気持ちが落ち着かない、気付くとひでぇことばっかり考えてる。パチンコ店でおっさん殴った時も、内臓を叩き潰して、首をへし折ることを考えてた。警察が来たときも、ぐちゃぐちゃになるまで殴ってやりたかった……」

 呟いた彼の顔に、歪んだ笑みが浮かんだ。恐怖する表情の口元が、にやぁっと左右に引き上がる。しかし、数秒後に鴨津原は突然「違う!」と叫んで首を振った。

「俺はそんな事したくない! そんなことッ、考えたくもないんだ!」

 そのとき、複数の足音が建物内から上がった。

 雪弥は足音と気配から、一階に八人の人間が突入したことを察知した。鴨津原が、そこでようやく第三者の登場に気付いたかのように「なんで俺が追われてんだよ」とうろたえ始める。

 一階から「声がした」「上にいるみたいだ」という男たちの声を聞くと、鴨津原は身体を強張らせて唾を飲み込んだ。すると別の男が「準備を先にしよう」と早口に告げて、固い機材でも設置するかのような物音が聞こえてきた。

 侵入者が一階に止まる気配を追いながら、雪弥は冷たく澄んだ瞳を声が聞こえてくる階段の方へと向けた。


 首謀者である榎林を残し、残す必要もない他の人間は殺してしまおう。


 足音からすると、やはり一階にいるのは合計八人の人間だ。六発の銃弾と殺す六人を照らし合わせ、心臓か脳を撃ち抜くこと様子を想像する。しかし、残る一人は銃弾が足りないので、手っ取り早く首を切り離してしまおうかと考えを巡らせたとき――

 そばにいた鴨津原が、ふっと口を開いた。

「俺、どうなっちまうんだ? 薬やったから、やばい奴らに殺されるのか……?」

 不意に思考が途切れ、雪弥は鈍い反応で鴨津原を振り返った。自分が、何かひどいことを咄嗟に考えていたような気がするが、それがなんであったのかを彼は忘れてしまった。

 残す理由がなければ殺してしまいたいという怨念のようにドス黒い、忘れるものかと憎悪するような殺意が、青年の怯えきった様子を認識した途端に雪弥の中から自然と消え失せた。

 大学三年生の青年だというのに、その表情はあどけなく幼く見える。


 思えば彼はまだ『学生』の身であるのだ。社会に出ているわけではないので、子供みたいに思えてしまうのも仕方がない事なのだろう。

 覚せい剤に手を出したとはいえ、鴨津原は今事件の被害者でもある。通常の覚せい剤であったのなら、処罰と更生によって彼は社会に復帰する資格を持ち合わせていた。だから、出来るのなら助けたいと考えていたことを、雪弥は思い出した。