周囲一体に民家がなく、使われなくなった店のシャッターがおりる先で辿り着いたのは、生い茂った緑と低い木々に囲まれている、旧帆堀町会所だった。

 八年前まで稼働していたその廃墟は、今では地元住民に有名な「お化け屋敷」の一つとなっている。雪弥がそこに辿り着いた時、先程見掛けた東京ナンバーの白いBMWが、まるで外から姿を隠すかのように、こちらへと続く細い車道をのろのろと進んでいるのが見えた。

 もしかしたら、近くに鴨津原がいるのかもしれない。

 ここは隠れるのにはもってこいの場所で、特に地元住民である彼は、それを知っている大学生である。

 雪弥はそう考え、車がこれから差しかかるであろう細い車道から見えないよう、廃墟となった旧帆堀町会所敷地内へ踏み込んだ。

 ガラスがすべて抜かれた二階建ての建物は、ひびが入った外壁だけを残してそびえ建っていた。一階部分から蔦が張り、荒れたアスファルトには四方を囲う木々の根が盛り上がる。取り壊しが決まっているが未だに着工されておらず、雨によってさびれた看板が、敷地入口で「立ち入り禁止」の文字を薄れさせていた。

 旧帆堀町会所敷地内は、隣接する土地に所有者だけを残して、ひどく荒れ果てている状況だった。一階に町政執行の末端機関、二階が町会の事務所と集会所であったが、現在は茉莉海市役場にその事業が完全に移行している。

 車が十台ほど停められる地面は、ひどく影って生温い空気が流れていた。雑草と木々の枯れ葉が色を落としていたが、その中央を何者かが駆けた不自然な空白に、雪弥は気付いた。

 扉がくりぬかれた入口を越えると、三十六畳分の室内が燦然と広がった。四本の柱が中央の高い天井を支えるようにあり、それ以外はすべて取り壊されたように殺風景だった。

 風と小虫が自由に通り抜けられる小窓からは、わずかに陽が入るばかりで薄暗い。地面には木屑や吹き込んだ草葉が目立ち、四方には埃をかぶった蜘蛛の巣があった。

「鴨津原さん、いますか……?」

 後ろからやってくる車を気に掛けつつ、雪弥は人影の見えない一階から東側に一つある階段を上った。階段には埃が払われた足跡と、壊された蜘蛛の巣がある。

 すると、人の呻く声とわずかな物音が静寂に反響した。

 雪弥は足早に二階へと上がった。そこには四本の支柱の奥に隠れるように、鴨津原健がうずくまっていた。

 足音に反応してこちらを振り返った彼が、雪弥の姿を認めた矢先、苛立ちと戸惑いを露わにした。突然「どういうことだよ」と震える声を上げたかと思うと、弾くように立ち上がり歩み寄って、雪弥の胸倉をいきなり掴みかかった。

「お前、専門学生っつってただろ! なのに、なんで高校の制服着てんだよ!」
「あ、あの鴨津原さん、その落ち着いて――」
「何なんだよ! お前も俺に嘘ついてたのか! お前も、奴らとグルなのか!?」

 高等部の制服のままだったのは、まずかったらしい。しかし雪弥は、取り乱す鴨津原の言葉に眉を顰めて、半ば尋問するように尋ねてしまう。