人や車の行き交いが多い茉莉海市から南側へ、雪弥は人の目を避けるようにして移動を開始した。建物の屋上へと跳躍し、遠くに海を眺めて次々に各建物へと飛び移る。

 途中ナンバー1から『南の旧市街地方面だ』と続けて連絡を受け、真っ直ぐにそちらへ足を進めた。横断するため一度信号機や電柱に着地したが、一瞬でその場を離れたので、彼の姿が人の目に止まる事はなかった。

 茉莉海市にある第二住宅街を更に南へ下ると、旧帆堀町市街地が残っている。まだ老朽化の残る建物があり、隣接する農地を越えると生い茂った荒ら地が隣町まで続く。静まり返った整備工場や鉄筋コンクリートのアパートには人の気配はなく、開拓前の手つかず状態で細い路地や車のない道路が点在していた。

 雪弥は、一階にシャッターが降りる、細い二階建てのアパート屋上で足を止めた。信号機や人の絶えた道路は荒れ、港へと行き交うはずのトラックは特殊機関によって封鎖されているため通行はない。

 雪弥は辺りを見回し、動く人影や車を探した。

「そんなに遠くへは行っていないと思うんだけど……」

 追い越した可能性も考慮しながら、雪弥はちらりと携帯電話を見て、現在の時刻が四時二十七分であることを確認した。

 港まで三百メートル続く建物の半分は取り壊されており、左右には緑地帯が広がっている。茉莉海氏を取り囲むように連なる農地と荒ら地は、ゆるやかな山地へと続いていた。

 雪弥は地上と建物へ足を運びながら、辺りに目を配った。港入口まで来て引き返したとき、ふと、細い路地に一台のバンが斜め向きに止まっていることに気付いた。

 黒のアルフォードは運転席と後部座席の左右が開かれたままで、すぐそばには、別の車の新しいタイヤ痕が残っていた。それはバンの手前で急カーブを切っており、路地を真っ直ぐ進んでいる。

 車のナンバーが東京であることに目を止め、榎林一行のことが脳裏を過ぎった。彼らの車なのか、今から会う取引先の組織のものなのかは判断し難いが、偶然にも逃走中の鴨津原が、取引に踏み込むような事があったら最悪の鉢合わせだ。

 多くのレッドドリームを所持しているのは榎林一行であり、そこには銃を所持した人間も付いている事だろう。学生である鴨津原が、もし彼らと遭遇した場合は、口封じのために殺される展開しか浮かばない。