『それと、マークしている丸咲金融会社第一支店の尾賀が首謀者だと推測していたが、社長をやっている榎林政徳自身が主犯格だと分かった。奴がレッドドリームを持ち出して、茉莉海市に入ったぞ』
「なんでこっちに入ってんですか」

 なんで一気に集中していろいろ起こるんだよ、と思わず雪弥は口を挟んだが、間髪入れず『知らん』と怒号した上司の声を聞いて、煩いなぁといわんばかりに携帯電話を耳から離した。

『レッドドリーム関連の取引があると危惧しているが、明日デカい取引のはずだろう。潜入していたナンバー四十二も行き先しか分かっとらんし――』

 ナンバー1の言葉が不意に途切れ、遠くで『なんだこのクソ忙しいときに』という一喝が聞こえた。

 特殊機関が管轄している茉莉海市では、警察の機能が抑えられている状況だ。負傷した三人の警察官は近くの病院へと運ばれていたが、署への連絡要請は電波をジャックした潜入エージェントが取っている。容疑者がブルードリームの使用者でないと分かれば、警察が動く手筈だった。

「ナンバー1、榎林容疑者は僕が――」

 考えて、そう告げかけた雪弥の言葉を遮るように、上司の声が重なった。

『今、そっちで問題を起こして逃走している人間が割れたぞ。白鴎学園大学部所属の鴨津原健、半ば錯乱していたという報告からしてもブルードリームを摂取している可能性が非常に高い。もしかしたら前回の被害者同様に、レッドドリームも所持している恐れもある』

 知った名を耳にし、雪弥はゲームセンターで出会った大学生を思い起こした。彼の目の前でレッドドリームを服用した里久の友人、鴨津原健である。

 雪弥は一瞬「まさか」と疑ったが、友人である里久から誘われたのだろうと考えれば不自然ではなく、その事実を否定出来る強い言葉も言えず口を閉じた。先日に、ゲームセンターで接触していた人間の名であることを報告で聞かされていたナンバー1の声も、まさか最悪の予想が的中するとは、と言わんばかりに重い。


「――彼は、僕が当たります」


 場所は、と続けて雪弥は銃をブレザーの下に押しやった。着替える時間も惜しく、そのまま玄関へと向かう。

『二組の方向はどちらも南方面だ、お前に任せよう。学生の方は、里久と同じ状況でなければ、見つけ次第潜伏しているエージェントに委託してすぐに榎林の捜査に当たれ。レッドドリームを確保し、奴から情報を引き出せ、その際の手段は問わん』
「了解。処分が決まっていない青年は、――保護ですよね?」
『……状況によっては、情報を持っていない連中もろとも処分することになるかもしれんがな』

 ナンバー1は重々しく告げた。

 特殊機関総本部では、薬を服用した人間の検査と調査が進められている。その状況が思わしくないことを、雪弥は上司の口ぶりから静かに悟った。もしかしたら、ブルードリームだけでも何かしら引き起こっている事でも判明したのか――

「…………なんのために、うちに精鋭揃いの研究班がいると思ってんですか。治療法と対策について急ピッチでやらせてください」

 だって、まだ鴨津原健は、里久のように化け物化はしていないのでしょう?

 雪弥は続く言葉を呑み込み、電話を切って部屋を出た。