「働き蜘蛛、処理されますよ。いいんですか?」
「私の目の前で、その哀れな被験者となった学生が死闘を繰り広げて、決して助からないという絶望を胸に、命を削りながら働き蜘蛛を処理してくれるのならね」

 椅子の背にもたれた門舞が、「相変わらず激しいですねぇ」と肩をすくめた。

「でも残念ながら、処理は特殊機関がすると思いますよ。あなたがこれから楽しむステージに出てくる榎林さんたちも死体になるんでしょうね。今回はブラッドクロスも関係ないのに、不運続きの榎林さんは、俺たちにちょっかいを出されたあげく死ぬわけですか」
「『彼』に処分してもいいと言われたから、私が好きにしているだけだよ。あ、そうだ。君、この会社欲しいかい?」

 軽い調子で、夜蜘羅がふと話を振る。

 対する門舞の表情も、まるで自宅の一室でくつろぐように自然だった。その部屋には、硝煙の余韻と死体があることの方が場違いだ、という空気が流れている。

「夜蜘羅さんがもらったらいいんじゃないですか? 俺は、自由気ままなぼんぼんの息子を楽しみますので」

 夜蜘羅は「そう」と返した。軽い口調には、気持ちが一つも見られない。

「私は悪運が強いからね。今回、もっと楽しいことが起こる気がするんだ」

 彼はそう続けて、薄い唇を左右に引き上げた。

          ※※※

 昼に理事長兼校長室でエージェントたちの話し合いをした後、雪弥はいつもと変わらぬ時間を学校で送った。放課後になると修一と暁也が矢部に呼び出され、彼らを見送ってなにくわぬ顔で学校を出て帰宅したのは、午後四時を少し過ぎた時刻だった。

 部屋は相変わらず殺風景としていた。一つ違っていたのは、枕元に残したままの見慣れた自分の携帯電話の横に、火曜日の夜クレーンゲームで取った人形「白(しら)豆(まめ)」がひょうきんな顔で座っていることだ。

 ストラップなのでどこかにつけるべきかと、この二日間彼は悩んでいたが、普段持ち歩くものは携帯電話か財布しか思い浮かばなかった。やはり携帯電話しかないか……そう思って仕方なくそれを取り上げたとき、ナンバー1から緊急の着信が入った。


「二次被害、ですか?」


 時刻は四時二十分。

 通報を受けた交番から三人の警察官が出向き負傷、容疑者逃走中という内容を聞いた雪弥は、素早くカーテンを閉じ直してナンバー1に尋ねた。話すナンバー1の声は急いていた。

『今大急ぎで調べている。通報したのはパチンコ店の客だ。若い青年に因縁をふっかけられて殴られたそうでな、唐突に激怒されたうえ会話が噛み合わなかったという証言から、我々は例の薬をやっている大学生じゃないかと勘ぐっている』

 ナンバー1は、明日が取引だという直前の急な展開に、かなり苛立っているようだった。電話越しに短い舌打ちが聞こえ、雪弥は鬼の形相をした彼を思い浮かべた。