明日二十三時、李が作り直したブルードリームを、ヘロインと一緒に尾賀が引き取る計画だった。李に引き渡す『検体となる学生』については、この前調整されたブルードリームを服用しているため、夜蜘羅は待ち切れずに成果を知りたがっているのだと榎林は思った。

 レッドドリームは小粒状の赤い薬だが、「強化兵」の計画に携わっているメンバーの中で、榎林だけが許可をもらって持ち歩いている――と彼自身は聞かされていた。

 以前、夜蜘羅が「作るのも大変で、今君に渡す物ですべてなんだ。大事に使いたまえよ」と語っていたことを榎林は思い出し、思わず佐々木原を振り返った。

「佐々木原、レッドドリームは厳重に扱っているだろうな」
「車で待機している部下が、レッドドリームの入ったロックケースを持っています」

 夜蜘羅や幹部クラスに気に入られれば問題はない。興味や期待を失わせるようなことをしなければいいのだ、だからひどい恐怖を感じる必要もない。

「夜蜘羅さんがいつも通りすべての処理はしてくれる。私たちは、指示通り動けばいいだけの話だ」

 改めてそう思いながら、榎林は立ち上がった。

             ※※※

 榎林が佐々木にそう断言した時、当の夜蜘羅は、テレビモニターが設置された部屋にいた。

 ずらりと並ぶガラス窓からは、東京の街並みが一望できる。美しい顔に微笑を浮かべて「あなたも物好きですねぇ」と話し掛けた門舞は、姿勢を楽に長い足を組んで長椅子に座っていた。

 普段三十人の人間が集まる会議室で、二人の男が好きな席に腰を降ろしてくつろぐ。

 榎林グループ本社の一室で、夜蜘羅は電源もついていないモニターを眺めていた。その顔には微笑が浮かび、ややあってから「君も気になるだろう?」と低い声を柔らかに問い掛けた。

「君がレッドドリームを渡した学生、本当に面白いことになった。それに、もっと面白いものが見られたよ」
「ああ、彼も特殊筋っぽいけど、どうでしょうねぇ」

 答える門舞の足元には、頭を撃ち抜かれた榎林政徳の伯父――榎林孜匡が横たわっていた。二人は、そこに死体などないように会話を続ける。

「私のエージェント君が仕事でね。連絡がつかないから、あとで聞いてみようと思っているが『ナンバー4』か。気になる少年ではあるよ。君、近くにいてどうだった?」
「そうですねぇ。まぁ一瞬血が騒いだことは認めます。もっと性能の良い暗視カメラを持って行けばよかったですかねぇ、我が家の特殊筋は『暗闇』には弱いですから」

 両手を頭の後ろで組み、門舞は上品な含み笑いをもらしてこう続けた。

「李が作るブルードリーム、あれに期待なんか持っていないでしょう」
「勿論、失敗作に興味はないよ。あれは、計画の二段階目にも到達できない欠陥品だ。あの学生が、薬を受け入れられる稀な体質を持っていただけにすぎない。映像を見る限りでは成功にも取れるが、不安定な身体の組織が今にも破裂しそうだった。まぁ、膨れ上がった身体が弾け飛ぶ光景も捨てがたいがね」


 しばらくの沈黙の後、門舞が思い出したように顔を上げた。横目を夜蜘羅へと向け、茶化すような声で疑問を口にする。